三蓋松(さんがいのまつ)

更新日:2020年4月29日

 三蓋松とは枝葉が3層に重なった松をを側面から見た形を図案化した紋所の名です。北野天満宮の社紋に用いられています。



 ご祭神の菅原道真公は、学者の家系に生まれ、宇多天皇に重用され、醍醐天皇の時代には右大臣に任命されました。ところが藤原時平の陰謀によって大宰府に左遷されて不遇のうちに没しました。すると、京では疫病が流行し、天災で多くの人が死亡したりする異変が相次ぎました。これを道真公の祟りと恐れた朝廷は、京に北野天満宮を建立して、道真公の霊を鎮めようとしました。


君棲(す)まん所は一夜に千本の松生ずべし


私の魂を祭るべき地には一夜にして千本の松を生じさせるとの道真公の御託宣があり、そこに北野天満宮が創建されました。

 『雍州府志』には、


本殿未申の方にあり、船の宮と称す。村上天皇天歴9年(955)乙卯3月12日の神託は、北野右近馬場に一夜千本の松を生ずという。果して其の言の如し。遂に社を建つ


とあります。後水尾院の御製に、


ただ願ふ 北野の宮の一夜松二つの道の為かは


と歌われ、古来、数限りなく詩歌に歌われています。境内の松には道真公の神霊が宿り、この一夜千松の名残りとされています。



 このように道真公と松の縁は格別深く、そうしたことから三蓋松が御社紋とされています。なお、太宰府に流された道真公が、都を想い、庭の梅を懐かしんで「東風吹かば匂いおこせよ梅の花主なしとて春な忘れそ」と詠まれたところ、道真公の愛した梅が主人を想って一夜のうちに大宰府に飛来したという有名な「飛梅」があります。そうしたことから道真公遺愛の梅も御神紋として用いられています。