以心斎・宗栄(知昌)・松斎合筆横物 雪月花

以心斎と宗栄・松斎が「雪月花」にちなんで認めた横物です。

以心斎が「雪」、宗栄が自詠の道歌「打ちむかうこゝろのくまもなかりけり きよき光の月にならいて」、松斎が「花」と力強く大書しています。

宗栄の歌は、月に人の心を掛けて、茶の湯修行に精進する思いと決意を詠んでいます。 なお、以心斎は目が不自由であったため、松斎が手を取って書いたとされています。



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得浅斎は治宝の信任が厚く寺社奉行や勘定奉行等の要職を歴任し、紀州藩の藩政改革を推進し、藩内の尊皇論を主導した伊達千広(だてちひろ)・宗広(むねひろ)と親交を結んでいた。なお、宗広は治宝没後、その側近が一斉に粛正された時、田辺(和歌山県田辺市)に10年近く幽閉され、のち脱藩して尊皇運動に参加している。その千広の六男が坂本龍馬の海援隊の一員で勤皇の志士であった睦奥宗光(むつむねみつ)である。ちなみに陸

因縁

幽玄