• 木津宗詮

初代松斎宗詮32 山村十郎右衛門

最終更新: 3月23日

 水口の山村十郎右衛門は、水口藩の領民支配を円滑にするために設けられた役人である大庄屋であり、藩の蔵屋敷の蔵物販売の代銀を預かり、その出納や国元と江戸藩邸への送金を任されていた掛屋を商っていた水口の有力商人である。山村九郎治はその養子にあたる。なお、前出の通り、末子の正治右衛門は日野の中井家の婿養子になっている。


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2代得浅斎宗詮3 一指斎の後見

得浅斎は、松斎の茶の湯を義母の柳とともに支えた。武者小路千家は此中斎の離縁により、急遽新たに後継者を迎える必要に迫られた。「登士録」に、嘉永5年(1852)3月22日に表千家の吸江斎の息子で、以心斎の甥にあたる辰之助、のちの一指斎が再養子として入家している。辰之助が5歳の時のことであった。「松平家譜」には、同5年4月19日に、「茶道格別之家筋」ということから、未だ幼年ではあるが、十人扶持を支給され

2代得浅斎宗詮2 茶の湯修行

家元への入門並びに許状の台帳によると、得浅斎は天保6年(1835)、14歳の時に武者小路千家九代好々斎に入門している。なお、好々斎はその10日後に41歳で没しているので、好々斎に直接茶の湯の指導を受けることができなかったと思われる。いずれにしろ好々斎の最後の弟子の一人であったといえる。 同10年(1839)3月に小習六ヶ条と、唐物点・茶桶箱、同年10月には台天目と盆点・乱飾、そして流儀の最奥義であ

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