北風正造寄進城南宮鳥居

 2代得浅斎の門人北風正造。北風家は兵庫きっての豪商です。正造は京都竹田村(伏見区竹田)の郷士、長谷川織部景則の次男として生まれました。景則は鳥羽天皇の山陵長となり、母・三宅登士子は有栖川宮家の老女・祐筆を勤めました。のちに北風家の婿養子となりました。この鳥居は、長谷川家の氏神である城南宮に正造が寄進したものです。

 家督相続をし、幕府御用掛を勤めながら、資金面から勤皇の志士を後援しました。「七卿落ち」を手助けし、多くの勤皇の志士と面識がありました。

維新後は友人の初代兵庫県知事・伊藤博文と共に、兵庫および神戸の発展に貢献しました。神戸駅用地(約24万m²)を無償提供しています。まったくと言っていいほど知られていませんが、明治維新の時、正造は東征大総督有栖川熾仁親王に駿馬と3000両を寄付し、一触即発状態の姫路藩と官軍との仲介しました。その時、正造は官軍に15万両を提供し、それと引換でユネスコの世界遺産で国宝の姫路城を戦火から守っています。姫路城の大恩人です。


















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石ひとつ

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