卓子調點茶

昭和12年(1937)6月20日、貞明皇后関西行啓にあたり、京都大宮御所で好みの卓子(立礼卓)を用いて点茶、炭点前の台覧に浴している。当日の奉仕者は聿斎が後見をし、花笑斎が水屋をつとめ、福永栄子が炭点前、八代ちゑ子が貞明皇后に薄茶を点てて差し上げた。卓子の制作者である芦田真阿と川上邦基も同伴している。


  左より、聿斎、川上邦基、花笑斎、八代ち

  ゑ子、芦田真阿、福永栄子


今回の台覧を記念して、同日『卓子調點茶』を発行している。

聿斎の好みになる最初の卓子は、裏千家玄々斎の立礼式に倣い、大正の初めに作られている。それを一歩進め、卓子上に鉄の丸炉を切り込み、その丸炉に枠を作ってはめ込み、丸炉の位置を高めて風炉の風情とし、枠を外して低くして炉の風情とした。それを今回、改めてより一層進めたのがこの芦田真阿の作になる卓子であった。卓子上に1尺4寸四方の炉を切り、炉縁をはめて用い、風炉の風情を味わうときは炉に蓋を施し、小形の風炉を用いるようにしいる。聿斎は『卓子調點茶』に、


卓子上にて点茶手前の振りを、案するに当たりて、台子手前の方式と、侘草庵の風体を斟酌し、其大様を草庵の向ふ切り、隅炉の点茶の手前振りを応用したる、平手前を基として、或は長板調の変体に據り、杓立を用ひ、又は草庵中柱二重棚の形せる棚を、卓子上に置き付け、用ゆることゝせり


とあり、新たに好んだ卓子の点前は、台子の点前の方式にわび草庵の風情を勘案し、向切と隅炉の点前を応用したものとしている。

この卓子は隅炉の位置に炉が切られている。杓立を用いて長板総飾りや、小振りな二重棚を好みそれを卓子上に載せて点前をするように工夫している。全体を溜塗りとし、高さが約80センチ、幅が130センチ、奥行きが83センチと大振りなの卓子である。炉の向こうには向小板と勝手付に脇板を入れ、卓子下客付に内上棚と下棚を設け、勝手付上に倹飩(けんどん)がはめ込まれ、その下に建水を置く引出し棚となっている。そして同書には、


総て点茶の取合せ手前振は、東道(亭主役)の所作に任すへきものとす、点茶手前の所作は、大体平坐して、点茶手前をなし来れるを、卓子上にて扱ふべければ、多少の手続に、変調を生するは勿論なれは、自然流派に拘泥せず、彼我の長所を採りて以て、一の規矩を定て行ふべきなり


その点前と道具組は亭主次第で、あくまでも点前は畳の上で正座して行うのをものだから、若干の変化が生じるのは当然である。だから流派の作法にこだわらず、武者小路千家の作法と他流の作法の良いところをとって、新たにこの卓子の点前の作法を定めたといっている。