• 木津宗詮

大燈国師五条橋下図

 元大徳寺僧堂師家川島昭隠の賛をし、大阪の画家村上華嶽が描いた「大燈国師五条橋下図」です。


  乞者堆裏   被席生擒   依貪甘瓜   乞者(こつじゃ)堆裏(たいり)

  席(むしろ)を被(かぶ)り生擒(せいきん)せらる

  甘瓜(てんか)を貪(むさぼ)るに依って

 髭を伸ばし乞食のような貧しい身なりで右手に杖、左手に瓜を持った眼光するどい人物が大徳寺開山大燈国師(宗峰妙超)です。

 大燈国師は師の大應国師から印可を受けました。大應国師が鎌倉の建長寺で遷化して、その喪が明けると「只是れ二十年長養して、人をして此の証明を知らしめよ」との師の教えを忠実に守り、直ちに上洛して東山の雲居庵に隠れ住み、ひたすら悟りののちの修行(聖胎長養)に励みました。夜は修行僧たちを教導し、昼間は五条橋の下にたむろしている乞食や病人と暮しをともにして彼らを教化するというふうでした。

 大燈国師の徳風はいつとはなしに世に聞こえ、やがて花園天皇の御耳にも達しました。そこで天皇は宮中に招いて大燈国師の教えを受けようと思し召され、その旨を廷臣に命じ、勅使を立て迎え入れようとされました。勅使は五条橋下に師をさがしますが、乞食同様の姿をしている師を見分けて連れ出すことができませんでした。ある人から師の好物がまくわ瓜だと聞いた勅使は、乞食の群れに瓜を携えてさし示し「この瓜を足無くして来たるものに与えよう」と言いました。勅使の周りに寄って来た群衆はなんのことかわからず、ただ茫然として誰一人手を出すものがいませんでした。するとそのなかから髪はぼうぼうで蓆をかぶった一人の男が足を引きずりながら近寄り、「手無くして渡せ」と答えました。そこで大燈国師の正体がバレて宮中へ召されたとそうです。まさに大燈国師の真面目であり尊さを見ることができます。なお、大徳寺では大燈国師の好物であった瓜を開山忌に供える御膳である仏餉(ぶっしょう)に瓜が添えています。  昨日行われました大徳寺開山忌献茶副席の寄付に掛けた軸です。村上華嶽の「大燈国師五条橋下図」は白隠の「大燈国師五条橋下図」(永青文庫蔵)をもとに描かれたものです。




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