星座の趣向を凝らした鎧や、ギリシア神話をモチーフにした物語が人気を博した、車田正美の漫画「聖闘士星矢」で、ドラゴン紫龍の必殺技に「廬山昇龍覇(ろざんしょうりゅうは)」というのがありました。
廬山は中国江西省九江市南部にある名山。標高1474mの主峰の大漢陽峰(だいかんようほう)はじめ、峰々が作る風景の雄大さ、奇絶さ、険しさ、秀麗さが古来有名で、特に「断崖絶壁、雲海、瀑布」と三つの景観に代表され、「匡廬奇秀甲天下」匡廬(きょうろ)とは廬山の別名で、廬山の奇秀は天下一であると称えられてきました。また廬山国家風景名勝区に指定され、廬山自然公園としてユネスコの世界遺産に登録されています。最盛期には寺院や廟などが500ヵ所余りに達し、4世紀に慧遠(えおん)が東林寺を建立してから中国仏教浄土宗の中心となり、山頂には現在でも仏教、道教、イスラム教、カトリックの寺院、廟、教会などがあり、多数の宗教が共存する宗教の聖地でもあります。また、宋代の儒学者で朱子学の祖である朱熹(しゅき)が学んだ、中国古代の最初の高等学府、四大書院の雄とされた「白鹿洞書院8はくろくどうしょいん)」も廬山にありました。清代末期には避暑や療養地として利用され、ロシア、イギリス、アメリカ、フランス、ドイツ、イタリアなどの牧師、商人や、要人が公館や別荘を建築し今日も険しい山中に立ち並んでいます。陶淵明(とうえんめい)や李白、杜甫らが愛した「盧山」の風景は、書道や山水画などにその幽玄な美を多く残しています。
わが国の文学作品や美術にも影響を及ぼし、清少納言の『枕草子』に、
雪のいと高う降りたるを例ならず御格子(みこうし)まゐりて、炭びつに火おこして、物語などして集まりさぶらうに、少納言よ、香炉峰(こうろほう)の雪いかならむと仰せらるれば、御格子上げさせて、御簾(みす)を高く上げたれば、笑はせたまふ。人々もさることは知り、歌などにさへ歌へど、思ひこそよらざりつれ、なほ、この官の人にはさべきなめりと言ふ
という有名な一節があります。雪がとても高く積もっていたのに、いつもと違って御格子を下ろして、炭びつに火をつけて女房が集まってお話をしていたときに、中宮定子様が、 「清少納言よ、香炉峰の雪はどうなっているだろうか」とおっしゃるので、私は御格子を上げさせて、御簾を高くあげたところ、中宮様がお笑いになられました。周りにいた他の女房も「香炉峰の雪のことは私どもも知っております。和歌などに歌うことはありますが、思いもよりませんでした。あなたは中宮様のお側につくのにふさわしい人だ」と言っていましたという意味です。これは白居易(はっきょい)の詠んだ、「香炉峯下新卜山居草堂初成偶題東壁(香炉峰下新たに山居を卜し草堂初めて成り偶東壁に題す)」の「香炉峰の雪は簾を撥(かか)げて看る 」の句を踏まえ、清少納言が、部屋から見える山を香炉峰に見立て、おりていた御簾を上げさせた機転・機智ををほめられたことがとても良いうれしかったという話です。
そして古来、わが国で広く人口に膾炙してきた李白の「望廬山瀑布」という漢詩があります。
望廬山瀑布 李白
日照香炉生紫烟 遥看瀑布挂長川
飛流直下三千尺 疑是銀河落九天
日は香炉を照して紫烟(しえん)を生じ
遥かに看る瀑布(ばくふ)の長川に挂(か)かるを
飛流直下三千尺(ひりゅうちょっかさんぜんじゃく)
疑ふらくは是れ銀河の九天(きゅうてん)より落つるかと
太陽の光が香炉峰を照らし、紫色に雲煙がわき起こっている、はるかに眺めると前方の川に滝が長い川にかかっている、その滝が飛ぶようにまっすぐに流れ落ちるさまはまさに三千尺、まるで銀河が天から落ちてきたかと疑った。
香炉峰は。廬山の北西部の峰のことで、香炉から立ち上る香煙と日光が当たって薄紫にかかっています。そこには脱俗的な雰囲気も醸し出されています。瀑布は白布を垂れたような幅のある滝のことで、「飛流直下三千尺」にはドドドーーッと天からほとばしり落ちてくる感じが伝わり、この暑い季節には涼感を伝えとても気持ちのいい句です。 木津家5代柳斎宗詮の古稀の時に書かれた「飛流直下三千尺」の
一行です。
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