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心地覚心(法燈国師)

心地覚心(法燈国師)は南宋(中国)杭州の護国仁王寺の無門慧開に参じて臨済宗楊岐派の法を嗣いで日本に伝えました。

葛山五郎景倫(願性)が鎌倉幕府三代将軍源実朝の菩提を弔うために建立した西方寺に覚心を迎えました。その後、西方寺は後村上天皇から「興国寺」の号を賜り。「関南第一禅林」として、末寺143カ寺をもつ臨済宗法燈派の名刹となります。

覚心は帰国に際し、径山時味噌(金山寺味噌)の醸造法を持ちかえり、その製造過程から醤油を生み出したとされています。また、宋での修行中に坐禅の呼吸法として尺八を学び、名手4人を伴い帰国しました。そこで興国寺が尺八(普化尺八)の日本発祥の地とされています。特に覚心はその後の日本の食文化に多大な影響を与えた人です。

同寺の格別のご高配により山内の隅々まで拝見させていただき、また、写真撮影もさせていただきました。


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