• 木津宗詮

旦入作 木守茶碗

 武者小路千家では、天保10年(1839)10月1日から11月20日まで利休居士追善茶会を62会を催しています。このたびの追善茶事では、由緒ある名物で利休居士遺愛の長次郎作木守茶碗(六代真伯が高松侯に献上)を用い、多くの人に拝見させて往時を偲び、より意義深い催しとして、武者小路千家の家名を輝かせたいとの内容の願書を高松藩に提出し、許可を得て、9月に高松侯が参勤交代で伏見を通過する時を見計い、伏見の本陣まで松斎一同が拝借に赴いています。この時、木守茶碗は駕篭に乗せられ、供侍も武者小路千家に滞在し、また門前は茶碗に伴ってきた三つ葉葵の幔幕が掛けられ、その左右には同じく紋入りの高張提灯が立てられました。松斎の「 利休二百五十年忌之節諸事扣 」には、

  一此度茶事ニ付、高松侯御物之木守茶碗ヲ拝借ニ付、正午茶事ニハ右木守茶 碗ハ床ヘ

  飾り置、右正午茶事追々申込来り、三十日も向うまで約束も有之、然るに浪華並ニ他国

  より上京の人々、正午茶事ニ罷出度頼参り候得とも、日夜無之断申候ニ付、左候へ

  ハヾ、木守茶碗拝見と官休庵丈けを見せ呉ヘ様、段々頼参候故、此分ハ朝五ツ時頃、官

  休菴ヘ露地より通し、利休居士の像を掛置き、尤、香炉、卓等正午の通りニ飾置、右拝

  見為致、夫より露次より半宝菴ヘ通す

  一床 掛軸床板右脇ニ木守茶碗黄帛紗を敷飾置拝見いたさセ、夫より拙、炭を直し、菓

  を出し、尤、正午ノ通りノ菓子也、夫より薄茶、拙、手前也、右正午茶事ハ、十月朔日

  より十一月廿日迄有之、其余ニ、右朝ノ内ノ拝見、薄茶ノ客ハ弐十會余御座

  候       

床に利休居士の画像を掛け、香炉と卓を置き、木守茶碗は床脇に黄帛紗を敷いて飾り、拝見させています。そして松斎が炭点前をして茶事と同じ菓子を出し、松斎の点前で薄茶を点て、その後は露地から半宝庵に通しています。茶事の期間中、この朝の内の拝見と薄茶一服を20会余り行ったようです。なお、初会の前日の9月晦日には、大阪の鴻池家の別家である草間伊兵衛と樂旦入による木守茶碗拝見の所望を受け、薄茶と酒肴を出して見せています。そして本歌の木守を旦入に実見させて写しを造らせたのがこの茶碗です。箱書きは好々斎の未亡人で、以心斎の義母である宗栄(智昌)が認めています。





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