• 木津宗詮

木津松斎筆 聞書 1

最終更新: 2019年8月23日

卜深庵木津家初代松斎宗詮が記した、一啜斎の聞書の帛紗の項と帛紗の記述です。


 一、色ハ紅・黄・紫三色なり。近年一啜斎にて、栗かわ茶出来申候。紅ハ十五歳已下と、古稀以上の人用ゆるなり。寸法ハ九寸五分ニ八寸五分なり。是ハ真伯時代ニ、三家共申合、此寸法ニ極め、其時より一文字屋三右衛門方ニ而申付る。則ふくさ上つつみの紙の書付ハ、如心斎筆跡なり。右、寸法相極候*前のハ、少し大きく而、とくときまりし事も無之由に御座候。濃茶之節、茶碗江ふくさを添而出し候事ハ、茶碗あつき斗ニあらす。本焼の茶碗をおもんじての事なり。依而楽茶碗ハ草なるもの故に、ふくさハ添不申候。楽ハわびもの故、草なり。(句読点筆者)


 帛紗の色について紅・黄・紫の三色であると限定しています。このうち紅は、古稀以上の老人と15歳以下の未成年(当時は一般的に15歳で元服し、それ以下は未成年とされていた)が用いるものとされていたようです。ただし3代木津聿斎宗泉の『官休清規』には、紅は還暦以上で、黄は初老以上に用いてもよいとあり時代により若干の相違がみられます。また「栗かわ茶」すなわち炭点前に用いられる櫨(はぜ)色の炭帛紗は、一啜斎が使い始めたとあります。これは炭点前で炉縁や土風炉・小板・釜蓋の微塵の灰を清めるために、灰の色に染めたもので、点前帛紗と区別して用います。寸法については9寸5分×8寸5分とあり、現在のものと比べると少し横長です。興味深いことに、3代真伯の時代に三千家申合せでこの寸法に定め、その時より一文字屋三右衛門に発注したとあり、上包みの書付が表千家如心斎の筆跡になる包み紙で販売されていました。三千家で寸法を統一するまでは、少し大きめの帛紗で、特に寸法が決まっていなかったようです。一文字屋三右衛門については室町に住んでいたこと以外不明です。千家十職袋師五代土田友湖はこの三右衛門の家がのちに絶えたので、それまで茶入の袋を仕立てるだけであったのに加えて帛紗も扱うようになり、今日に至っています。また濃茶の時に帛紗を添えて出すのは茶碗が熱いからだけではなく、本焼の茶碗(釉薬を掛けて高火度に焼いた茶碗)を尊重してのことで、楽焼の茶碗は侘び道具で草の格式のものなので、帛紗は添えなかったと記されています。


現在の武者小路千家の帛紗。上から順に紫・紅色の点前帛紗、紫大帛紗、栗かわ茶・櫨色の炭帛紗

土田友湖の帛紗の包紙


帛紗

帛紗は、袱紗・帛・不洗絹・和巾等と書き、茶入・茶器・茶杓をはじめ釜の蓋・盆・塗炉縁・土風炉・塗小板等を拭い清めるのに用いられます。また濃茶で茶碗に添えて出したり、器物の拝見の時に敬意を表し、この上に載せて扱ったり、香合等を飾るために使われています。帛紗を腰につけて亭主である旨を示し、亭主の補佐を務める半東や点出しなど給仕をする水屋のものも腰に帛紗をつけます。

 茶道以外で帛紗といえば、一般的に縮緬(ちりめん)や塩瀬(しおぜ)等の絹を一重または表裏二重に仕立て、無地や家紋・吉祥柄等の意匠を織や染め、刺繍を施したもので、物を包んだり(包帛紗)、進物の上に掛けたりする(掛帛紗)方形の絹布のことをいいます。中世頃までは、進物は唐櫨(からひつ)に入れて運んで届け、相手に渡す時は、唐櫃の蓋を返してこの上に進物を載せて差し出し、また引出物をいただく時も、蓋に載せていただき、唐櫃に入れて持ち帰っていました。のちに蓋が独立して「広蓋(ひろぶた)」と呼ばれるようになり、室町時代には広蓋の取り扱いに関する作法も整えられ、江戸時代になると進物に広蓋を使用し、さらに掛帛紗を掛けるという形が定着しました。現在では、冠婚葬祭において、帛紗は進物を包むのに使用されています。ちなみに国会では天皇の詔書は紫の帛紗に包み、黒塗りの盆に載せ、事務総長により衆議院議長のもとへ運ばれています。また帛紗には糊を引いていない絹、やわらかい絹という意味もあります。

 帛紗の語源は、『倭訓栞』に「袱子の音なるべし」と記されています。「袱子(ふくす)」とは風呂敷のこと、雲水の食器である鉢盂はつう等を包む布帛等とあり(『禅学大事典』)、古くは麻であったと考えられます。絹は高価なもので雲水が用いる布ではなく、現在、袱子には棉が用いられていますが、棉も長い間明みんや朝鮮からの輸入にたよる高級品で、日本で一般的に栽培されるのは16世紀以降とされています。 茶の湯は珠光以来、禅との関わりが深く、帛紗は「袱子」が源であろうと推測されます。『江岑夏書』の利休の妻宗恩が仕立てた帛紗に薬を包み進めた記述や、小棗を点前帛紗に包み濃茶を点てる「包帛紗」の点前にその名残を見ることができます。袱子では器物を清めたり拭ったりしませんが、雲水が食後、食器を拭うのに鉢拭(はっしき)という布を用います。鉢拭も古くは麻であったと考えられます。茶の湯で用いる帛紗は、袱子と鉢拭の用法がひとつになったものではないかと思われます。なお濡れた器を拭う麻の鉢拭のはたらきは、茶巾に受け継がれていると考えられます。雲水が用いる袱子と絹を表す帛紗が重なり、富裕層であった初期の茶人たちが茶の湯における帛紗を作り上げたのではないかと思われます。『茶道秘録』や『點茶活法』に、紹鷗時分は綾織を用いたとあることからもわかります。のちに羽二重や塩瀬等の帛紗が仕立てられ、今日に至っています。

唐櫃

広蓋に載せられた掛帛紗


事務総長が黒塗りの盆に載せられた紫の帛紗に包まれた天皇の詔書を衆議院議長に手渡す


鉢盂を包んだ袱子とその間に食事に後で洗った応量器を拭く鉢拭がはさまれている

手前の白い布が鉢拭

を広げ左右手前を折り込み、袱子の上に鉢盂(応量器)を並べる為の紙ぶ漆かけた鉢単(はったん)という敷物が敷かれ、その上に鉢盂が並べられている


帛紗の色

 吉岡幸雄氏の『色の歴史手帖』によると、紀元前十六世紀頃にフェニキア人が紫貝(ムール貝)から採った液で緋紫色に染める技術を完成させました。1グラムの染料を得るのに約2000個の貝が必要で、極めて貴重なものとされ、王族だけがその着用を許される「帝王紫」と呼ばれました。その思想がシルクロードを通じて中国に伝えられ、その影響により、元来、中国では朱が最も高貴な色とされていましたが、紫は最高位の色となったとされています。漢代から天子の住む所を「紫宮」や「紫宸殿」「紫禁城」と、紫をもって表すようになったことからも察することができます。聖徳太子が隋の制度を模範として制定した官位十二階の制でも、それぞれの位により服色を色分けして紫を最上位のものとし、その後も紫を最も高貴な色としてきました。わが国では、赤(紅・緋)は太陽を象徴し、火を表す色で、古代の人々は赤に畏敬の念を抱き、魔除けの役割を果たすと考えて土器や建造物等にも塗り、のちには権力を誇示する色となりました。紫も赤も物を浄化する神秘的な力があると考えられ、病人が紫の布で鉢巻きをし、眼病の人が赤色の絹で目を拭う習俗も、その一例といえます。なお紫草の根は染料とともに薬草としても用いられ、解熱や解毒、興奮をさます効能があるとされ、歌舞伎十八番のひとつ「助六」の主人公は気の荒い性格を鎮めるために紫の鉢巻きをしています。また紅花の花も婦人病や血行障害の効能があります。

 古代の人々は病気を穢れと考え、神道では穢れを「禍事(まがごと)」といい、正常や善ではなく、本来の姿を失った状態のことをいいました。そうした穢れを祓う儀礼として修祓(しゅばつ)があり、神社で祭典に先立って行われます。榊の枝に紙で作った四垂(しで)・(御幣ごへい)がつけられた大幣(おおぬさ)や祓串(はらいぐし)という祓いの道具を用い、お供え物である神饌や玉串、奉仕者、参列者を左右に三度振って祓い清めます。実際は器物や肉体が清掃されるわけではありませんが、精神的に清浄になるとの考えで行われる儀礼です。点前で茶入や茶器・茶杓等を清める所作は、神道における祓いの儀礼と共通するものではないかと考えられます。流儀により帛紗による清め方の所作は異なりますが、威厳をもった様式化された所作には、大幣で器物や人間を祓うことと通じるものがあります。茶の湯の道具は点前をするにあたり、水屋で十分に清めてから客の前に持ち出すので、物理的な汚れはないはずですが、客の目の前で拭い、心理的な清めの所作を主客立合いのもとで行い、精神的な次元の清めがなされるのです。これで物心ともに十二分に清らかになったことを互いに確認し、より一層快適に茶を飲むことができるようにするのです。先に見たように、昔の人は病気を穢れと考え、紫や赤に染められた絹を用いて祓い清めることにより、病気が治癒すると考えました。これらの色の布には不思議な力があるとされていたのです。それと同じく、紫と赤で染められた絹で仕立てられた帛紗も、真に穢れを清めることができると考えたのだと思われます。帛紗に絹を用いるのは、単に絹が高価な布であるというだけでなく、染色では植物繊維は染めにくい繊維で、特に紫や紅花、茜等の華やかな色は染まりにくく、反対に蚕が吐いた糸である絹等の動物繊維はよく染まることからも選ばれたと考えられます。ちなみに、帛紗を捌いて器物を清める際には、その都度新たに捌き直してから清めます。これは帛紗の不思議な力を更新するための扱いだと思われます。そして帛紗のことを「不洗絹」と表記し、決して洗ってはならないとする習いは、帛紗を洗うことにより、神秘的な力が水に流れてしまうと考えられたことによります。


紫貝・ムール貝


ベニバナ

冠位十二階


熊本県山鹿市のチブサン古墳の壁画

助六


修祓


御幣・四垂


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