木津松斎聞書 帛紗 4

懐中帛紗(出帛紗)

 現在、濃茶の時に茶の点てられた茶碗に懐中帛紗(出帛紗)が添えて出されています。利休以前の茶の湯について記された『僊林』に、

 一珠光、茶わんこのミしは、臺いらす、ふくさ物いらす、手かる

 く、道具なしにしてよし、又、茶の上中下ともにたてゝよし、然

 者、つほ置テよし、天目ニハ無上・別義の外はあしゝ

とあり、古くは台に茶碗が載せられるか帛紗が添えられて、直接、畳の上に出されるのではなかったようで、それを珠光は台も帛紗も必要でない手軽な茶碗を好み、当時としては画期的なことであったのです。『槐記』の享保十三年(1729)三月二十二日に、

  䑓ノ上ニ天目アリテ、俯向テ茶杓ヲ掛ラル、御前ノ御説ニハ、

  臺ノ上ニ茶杓ヲ俯向テ掛ラル、二三ハ服紗ヲ添ヘテ出ス、御前

  ノ御説ニハ、䑓アル時ハ服紗ナシ、加様ノ類ナリ

と台天目で二碗目、三碗目は天目台に載せず帛紗を添えて出すとあり、これは今日濃茶で茶碗に懐中帛紗添を添えて出す扱いと同じものであると思われます。一翁の伝書『千宗守覚書写』にも、

  一当世茶碗にふくさきぬを添て出ス、持添呑也、弐口程、或は

  相客の多少ニ寄べし、爰ニて御茶結構成由かんする也、功者は

  ほむる也、茶すゝる者にて不苦高きは悪候

一翁のころには茶碗に帛紗が添えて出され、それを添えて茶を飲んでいました。客の人数にもよりますが、二口ほど飲んだところで茶が美味しく点てられ、また上手な点前ぶり褒めていました。現在の濃茶の作法に共通するものとなっていました。そして武者小路千家9代好々斎の『官休録』に

  一濃茶ノ茶碗帛添出コト、楽ノ茶碗ノ外ハ唐物ノ国焼差別ナク

  帛添出、楽焼ハ水エ戻シタル物故ニ手ニ取テモアツカラズ、依

  テ帛不添炉風炉同然、但シ帛添ル時ハ懐中帛ヲ出ス

    若シ懐中帛紗無時ハ腰ノ帛草ニサバキテ出ス、上客帛ヲ手

    ノ上ニテ開キ一ツ廻シ其上ニ茶碗ノセル

楽茶碗以外の唐物・国焼の茶碗を濃茶に用いた時は帛紗を添え、楽茶碗には添えないとあります。楽焼は磁器や陶器に比べると低下度で焼成され、焼き締まりが弱く、緻密性も低く目に見えない小さな空気が内部にたくさん含まれています。そのため温まりにくく温まるまで時間はかかりますが、熱をより長く保ち冷めにくい焼物です。これは閉じ込められた空気の隙間に熱が閉じ込められることによります。そこで手に取った時にはゆっくりと熱が伝わり、心地よい温かさを感じることができる茶碗です。このように楽焼は保温性がよく断熱効果も高いことから帛紗を添える必要がないとしているのです。今日も裏千家ではこの扱いが作法とされ、古くは武者小路千家でも行われていました。なお、武者小路千家8代一啜斎の『渓閑斎加毫 宗守流茶事記全』に,

尤サケ帛ナレハタゝミテ前ヲ向ヘシテ出ス