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柘榴"ざくろ)

花のミかこのみも 

    ひらき

 わさはひを

   よそにさくろと

    時得かほ成 

右慈賢法印詠歌

     季鷹書   

 

賀茂季鷹が賛を書き、萩之坊乗円が描いた石榴図です。慈賢法印とは、浄土真宗  真宗木辺派(しんしゅうきべは)の本山錦織寺(滋賀県野洲市)の  18代 賢慈のことです。

柘榴(ざくろ)は、平安時代の延長元年(923)に中国から渡来したとされています。柘榴の実は、食用のほかに、むかしは銅鏡の曇りを防止するために磨く材料として用いられました。江戸時代の銭湯には湯船の手前に「石榴口」という背の低い出入り口がありました。これは「屈み入る」と「鏡鋳る」(鏡を磨くこと)とを掛けたものだそうです。

柘榴は、他人のこどもを食べる鬼神「可梨帝母(かりていも)」に、人肉を食べないように代わりに柘榴の実を食べさせた話しが有名です。以後、可梨帝母は 鬼子母神として子育ての神になったとされています。なお、この伝説は日本で作られた俗説だそうです。柘榴が人肉の味に似ているという俗説も、この伝説から生まれました。また、柘榴は小さな実が沢山あることから、子沢山を意味し子孫繁栄ということでめでたい木とされ、また、厄を除けるとされました。

花だけでなく実も開き、厄なんかなんでもないと得意げな顔です!

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