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桓武天皇陵

執筆者の写真: 木津宗詮木津宗詮

桓武天皇陵の住所は「京都府京都市伏見区桃山町永井久太郎」です。

永井久太郎の由来は永井右近太夫直勝と堀久太郎秀政という人の屋敷がこの地にあったことによります。のちにその屋敷跡に二人の名を合わせた地名です。

永井右近太夫直勝は徳川家康の嫡男信康に仕え、信康没後家康に近侍します。家康が関東へ入国した時、5000石領し、豊臣秀吉より豊臣の姓を授けられました。関ヶ原の戦後さらに2000石が加増されました。のちに下総国古河で7万2000石を領しました。

堀久太郎秀政は、はじめ斉藤道三に仕え、のちに織田信長に取り立てられました。信長没後は豊臣秀吉の配下に入り、賤ヶ岳の戦いによって近江佐和山城9万石を与えられました。小牧長久手の戦いでも活躍し、侍従となり羽柴の姓を授けられ、越前北ノ庄城18万石を領し、小田原の陣で出陣中に38歳で病死しました。

二人は小牧長久手の戦いでは敵味方として戦いました。のちに屋敷が隣同士となり、今日二人の苗字と名前が一つになって地名となっているのも不思議な縁です。










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