気概、責任感、覚悟

通潤橋は、嘉永7年(1854)に農業用水を送るために建設された国指定重要文化財の石造アーチ水路橋です。


白糸台地は阿蘇山の火山灰が降り積もった土地で、雨水はたちまち地下に浸透して貯水が出来ないことから、人々は水不足に悩まされていました。惣庄屋の布田保之助が中心となって計画を立案し、地元の資金や、細川藩の資金を借り、熊本八代の種山村の石工に協力のもと、近隣農民がこぞって建設作業に参加し、約1年8ヶ月の期間をかけて作られました。

通潤橋は、アーチ型の木枠を大工が作り、石工が石を置き、石管と木樋による水路を設置して橋を作り、完成後に木枠を外す工法により建造されました。

石橋の木枠を外す際には、橋の中央に白装束を纏った布田保之助が座し、石工頭も切腹用の短刀を懐にして臨んだとのことです。知恩院の「白木の棺」の三門を建てた大工の棟梁、五味金右衛門同様かつての責任者の凄まじい気概というか責任感や覚悟の程にただただ敬意を表します。








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