瀬田の唐橋

 瀬田の唐橋は宇治橋、山崎橋とならんで日本三名橋の一つです。瀬田の唐橋は、近江八景の一つ「セタの夕照」の舞台であり、古くは『日本書紀』に記され、京の都と東国を結ぶ交通の要衝であり、また都の防衛の重要地として、古来「唐橋を制する者は天下を制す」といわれました。壬申の乱では近江朝廷の大友皇子が大海人皇子に「瀬田橋の戦い」に敗れた古戦場です。その後も寿永の乱、承久の乱、建武の乱など、昔から様々な戦乱の舞台となりました。