木津家初代松斎宗詮の参禅の師であり、「松斎」の斎号を授けた大綱宗彦(だいこうそうげん)和尚は、幕末の大徳寺435世で黄梅院14世住職です。大綱和尚の日記『空華室(くうげしつ)日記』の各所に松斎についての記述があり、その親交のほどをうかがうことができます。そして中でも特筆すべきは、利休二百五十年忌遠忌の際には、眼の不自由な武者小路千家10代以心斎(いしんさい)の後見として法要全般をはじめ、追善茶事を松斎が万事支えていた状況が克明に記録されています。
昨年に引き続き武野紹鷗好みと伝えられる茶室「昨夢軒」で大綱和尚と松斎、併せて歴代宗詮ゆかりの道具組みでお茶をお召し上がりいただきました。また当日は黄梅院本堂で松斎以下、卜深庵歴代と卜深庵を支えてくださった社中物故者、松斎が武者小路千家の茶匠となるように勧めてくださった格別恩顧のある松平不昧公の追善法要も営みました。また、今日も卜深庵を支えてくださっている社中、長年にわたり卜深庵を支えてくださり、残念ながらお身体等のご都合等で稽古から遠のいている功労者のみなさまにもご参加いただきました。また、この度は聚光院様のご高配により、ご希望の方に利休居士特別参拝ならびに見学をさせていただきました。そして門前の大徳寺精進料理「一久」で点心を差し上げました。
当日は台風の影響が心配されましたが、あに図らず快晴に恵まれ、約130名の客を迎えて大綱和尚と松斎を忍んでいただきました。
会 記
時、9月8日
於、黄梅院
寄 付
床 賀茂季鷹茄子画賛
面白き節はなけれど望まれてさん茄子とも賀茂の季鷹
脇 土佐光起画 秋草図
香合 庸軒好 梅 大綱在和尚在判共箱 道志造
炭斗 一指斎好 丸 アイヌ厚司 共箱
羽箒 鶴 一双之内 呼嵩岳遐齢 聿斎箱
鐶 利休所持写 浄益造
釜敷 柳 ナイヤガラ産柳と草にて編む 愈好斎箱
火箸 鳳尾 象嵌 徳元造
灰器 朝鮮渋草 昭隠老師箱 聿斎甲書
癸丑秋聿斎朝鮮陶窯にて造らす
灰匙 高麗 匙
昨夢軒
床 大綱和尚白紙賛
親しきもうとく成ゆく人の世に月はいくよの秋もかはらし
霞床 不昧公賛 狩野栄川院画 利休居士像
頭上之巾 手中之扇 制喫茶道 引紛奢人
前に信楽三具足
花入 瓢 銘回也 大綱和尚箱 利斎造
花 季のもの
釜 光格天皇御好 丸 浄雪造
風炉 眉 宗元造
先 青竹結界
水指 松斎手造 直斎好手付写 銘神遊 共箱
茶入 紫野焼 黒 油滴 銘蓬生 大綱箱 鶴亭造
茶碗 伊羅保 松斎箱
替 御本 銘海岸 松斎箱
帛紗 今上天皇立太子礼賢所撤下幣帛
茶杓 不昧公 鉄刀木 在判 大綱和尚筒箱
松枝不入拝領 大綱和尚所持
蓋置 拙叟和尚 竹一双之内 在判箱
建水 木地曲 万象造
御茶 嶺雲の昔 祇園辻利詰
菓子 松斎好 さざれ水 京都鶴屋製
器 真塗縁高
玄徳軒
床 松斎中潜自画賛 落栗のおとおもしろし中くゝり
前にインドネシアプラオバンガン島土産獅子頭を置く
花入 釣 南洋土人篠椰樹皮冑 聿斎箱 庚申 笙園補
花 季のもの
香合 後藤塗 松皮 初代太平造
帛紗 有隣斎武蔵野画賛 月
釜 有隣斎好 源氏車地紋 真形 共箱 一圭造
水指 鉄鉢形 黒釉 武蔵野絵 聿斎箱 庚申 陶山造
棚 有隣斎好 立礼卓
茶器 不昧公好 百棗 秋の野 狩野栄川画 在判箱
茶碗 友斎焼 赤 銘石公 松斎箱
替 唐物 銘鶴子 大綱和尚箱
々 大綱和尚画 払子絵 吹毛軒箱
々 安南染付
々 紅安南
茶杓 太玄和尚作 千代の栄 共筒共箱
おだやかに波静かなる平成の令和の御代も千代に栄よ
蓋置 祥瑞 竹
建水 山中塗柄杓 聿斎在判箱 乙卯初秋 浪花一閑補
菓子 州浜 すはま屋製
器 聿斎好 金四分一青海盆 共箱 金長造
莨盆 ミャンマー土産 蒟醤 舟形
火入 紅毛
莨入 椰子之実
煙管 一指斎好 吉祥草彫 浄益造
香箸 菊頭 宗三郎造
一 久
床 嶺雲室老師一行 積善来百福
脇 太玄和尚一行 閑座聴松風
々 了庵和尚一行 月
額 嶺雲室老師 富潤屋徳潤身
々 吹毛軒老師 万壑風寒
以上




































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