細川忠興の墓

 利休の遺愛の鎌倉時代の灯篭です。細川忠興が利休に懇望して譲り受けたものです。忠興は参勤交代の時も、熊本と江戸に持参して愛でたと伝えられる灯篭です。豊臣秀吉が所望した時、わざと欠けさて傷物にして抵抗した程、深い思いのこもった品です。忠興の遺言で、死後この灯篭を自らの墓石としました。それ程利休を慕っていたのです。

 なお、利休が堺に下る時、類を恐れず淀で見送ったのは、忠興と古田織部でした。大徳寺の塔頭高桐院にあります。







閲覧数:191回0件のコメント

最新記事

すべて表示

東福寺は京都でも有数の紅葉の名所として有名です。山内の渓谷・洗玉澗(せんぎょくかん)を中心に約2000本が植えられているそうです。その中に十数本だけ御開山である聖一国師(しょういちこくし)・円爾弁円(えんにべんえん)が宋(中国)から種を持ち帰って育てたとされる唐楓の子孫があります。赤いもみじの中から伸びた樹がそうです。色づき始めるのは他のもみじと同じころだそうですが散るのが早くもうほとんど葉っぱが