細川忠興の墓

 利休の遺愛の鎌倉時代の灯篭です。細川忠興が利休に懇望して譲り受けたものです。忠興は参勤交代の時も、熊本と江戸に持参して愛でたと伝えられる灯篭です。豊臣秀吉が所望した時、わざと欠けさて傷物にして抵抗した程、深い思いのこもった品です。忠興の遺言で、死後この灯篭を自らの墓石としました。それ程利休を慕っていたのです。

 なお、利休が堺に下る時、類を恐れず淀で見送ったのは、忠興と古田織部でした。大徳寺の塔頭高桐院にあります。







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石ひとつ

石ひとつ筆にも濡れて初時雨 武者小路千家11代家元一指斎が友禅染地露地絵に発句を書いています。 十徳を着た宗匠が正客で、次客と末客は裃を着用し腰に脇差をさした武士です。時雨が降っているのでそれぞれ露地笠をかざし下駄を履いて飛び石をすすんでいます。初時雨ということから炉開き、または口切の茶事に招かれたのでしょうか?よく見ると正客と次客の間の飛石があとから墨で書き加えられています。着賛された発句の「筆

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