霊鷲山の名石

隠元禅師が将来したとされる天竺霊鷲山の巾着型の名石です。銘は「蛤石」です。

愛石趣味は、中国の南宋からが日本に伝わりました。茶の湯においても茶室の床飾りとされました。今日、後醍醐天皇の愛石で中国から伝来した「夢の浮橋」や、織田信長の所持で西本願寺の寺宝「末の松山」などの名石が伝わっています。

そらとは別に、江戸時代に李時珍の『本草綱目』が輸入され、本草学研究が興りました。本草学は、薬物を中心に役に立つ自然物を分類する学問で、自然界にあるものを植物・動物・鉱物というように分類するようになりました。そして石の愛石家でもある弄石家たちにより奇石や石器、化石、鉱物などの収集・分類が一大ブームとなりました。彼らにより奇石の収集・鑑賞趣味の文化サロンが形成されました。なお、カラス貝やドブ貝などの二枚貝の化石を「蛤石」といって珍重されました。

石の研究をしている専門家に見てもらったところ、アンモナイトの化石で中央の盛り上がりは「ヘソ」とよばれる螺旋状の殻の中心部分かもしれないとのことでした。「天竺霊鷲山」はお釈迦さんが『法華経』を説いた山のことで、黄檗宗の開祖隠元禅師が明(中国)から持参したというのは定かでありませんが、中国から伝来した可能性はあるとのことです。

先日、南宗寺で催した「なんば茶会」で、桂盆にのせて床飾に使いました。不思議な姿から天竺霊鷲山の名石とされたのでしょう。