山崎街道

 前回に続き忠臣蔵のお話です、

 山崎街道とは西国街道、すなわち山陽道のことです。山崎の周辺は、古くから交通の要衝として知られ、「天下分け目の天王山」で名高い山崎の戦いなど、幾多の合戦の場にもなってきました。




 『仮名手本忠臣蔵』五段目の「二つ玉の段」の舞台は大山崎町ではなく、「横山峠」すなわち現在の長岡京市友岡二丁目の周辺です。おかるの父親与市兵衛はまったくの創作上の人物ですが、どうしたものか友岡二丁目に「与市兵衛の墓」なるものが残っています。





  駆け来る猪は一文字、木の根岩角踏み立て蹴立て、たゞひとまくりに飛び行けばあ

  はやと見送る定九郎が背骨をかけてどつさりと、あばらへ抜ける二つ玉 ふすぼり

  返りて死したるは、心地よくこそ見えにけれ