岩永文禎の『鐘奇斎日々雑記』には、万延元年(1860)11月二21日の茶事の会記が記録されている。
二畳中板西手仏間円相立サン四枚セうじ有、上に(図)如此まど有也、火トウ口反故張
木津氏へ茶事ニ行 客拙、北風、□□、山下、□□、□□□
床 大灯国師歌沢庵書 夫奥證書
釜 寒雉 龍宝山
香合 荘子 身補ひ 赤楽中印
花 □入 直斎 一重 時雨
花 □
茶わん 唐津鉢 左入
茶わん 唐津
茶入 小棗 杉木普斎
袋 秋名とんす
茶杓 宗詮共筒 銘古長刀
曲こぼし
炭取 ふくべ
炮ろく 玉川
会席 一啜斎好 溜糸目わん
直斎好□器折敷
こし高
向 蓮根小口切芹葉 栗小口
□ □のはな 砂糖入敷て
蝶子ニ桃肉至て少
汁 ごまちんぴ交かけ
角焼豆腐壱
合ミそ
坪ワん 寄ゆりね
千切大こん
土筆
平ワん 引菜
牛蒡昆布巻
湯斗ニて
□ □湯を引やうせず
□ □也 □□□
香もの 朝セん焼 茄子
開きて広間
常信 山水 横文
志野棚 信楽水指
上に南蛮小の真壷飾
茶入 石州やき 大海
茶わん とゝや
菓子 御所□□ 友白髪
引切曲
直斎好荒磯
吸物 牛蒡 □こん 焼□□
久□□やき丼
鉢 玉子巻やき こんふ □□□
同
鉢 かふら丸煮
同
鉢 きす細切 大ミすかけ
〃
鉢 くすな 塩やき
同
さほん
茶わん 吸物 播州のり
竹ふち 桐木地 花印
煙草盆 直斎好 本架 竹ふち
火入 宣徳□□
一閑煙草入
手焙
讃岐円座
琵琶床に □□□桐ニテアうけ
光悦好ト云
又脇ニ硯ヲ飾有り
この会は、小間に席入りして炭が改められ、一汁三菜の精進が出され、中立、後入りして濃茶が行われ、その後広間に席を改めて薄茶と後段が行われている。小間の茶席は前出の卜深庵ではなく、二畳中板の席で、西側に立桟4枚の障子が入った円窓の仏間があり、茶道口が火灯口の反故張の席であった。梶木町時代の茶室の記録は全く残っていず、大変貴重な記録である。会の趣旨は不明であるが、後段付きの茶事であることから格別な会で、仏間の付属した席であることから追善または相伝の茶事であったと考えられる。なお、得浅斎が催した万延2年(1860)11月3日と文久3年(1863)9月25日の少庵年回追悼茶事の2回の会記が『鐘奇斎日々雑記』に記されている。記録の少ない得浅斎の動向を知る数少ない記録である。
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