本年最後の自宅の稽古でした。床に大綱和尚の鐘画賛を掛けました。花入は南蛮粽、花は西王母と臘梅です。
除夜
八十一翁大綱
うき事をはらひつくしてけふハたゝ
明日立春をまつ斗り也
少し早いですが除夜の鐘の歌です。今年一年の心を悩ました事や辛い事を除夜の鐘がすべて払ってくれます。あとは麗しい新年待つばかりですという心を詠んだ歌です。
除夜の鐘は、1年を締める年中行事として大晦日の夜に寺で108回つかれる鐘のことです。「除夜」とは旧年を除く日のことで、除日(じょじつ)の夜ということです。
一般的に午前0時の前後につかれます。旧年中に107回、年を越してから1回という寺もあります。年が明けてから108回つく寺もあり様々です。韓国ソウルの普信閣でも除夜の鐘をつかれています。なお、普信閣は108回ではなく33回です。
そもそも除夜の鐘は、中国で宋の時代に始まりました。朝夕2回、108つの鐘をついていました。中国の禅宗寺院で定められた集団規則である「清規(しんぎ)」の一つである『勅修百丈清規』には、弱く鐘をつく「慢」を18回、強く鐘をつく「緊」を18回、それぞれ3回ずつ行うと108回とあります。それがやがて煩悩が108あるので、それを消すために108回つかれていると理解されるようになりましたとのことです。
鎌倉時代に禅僧によりわが国に伝えられ、禅宗の寺で朝夕2回、108つの鐘をつくようになりました。室町時代になると、除夜にだけつくようになり、江戸時代に広まります。そして明治・大正時代には逆に除夜の鐘はあまりつかれなくなってしまいます。
現代のように日本中に広まったのは、昭和2 年(1927)年に、ラジオ番組で大晦日に近所の寺から借りてきた鐘をスタジオに持ち込んで108回鳴らして放送されたことによります。2年後実況中継になり、昭和5年(1932)からはリレー中継になります。ちなみに年末恒例の「ゆく年くる年」という番組は、ももともと『除夜の鐘』という番組名でした。このように昭和時代に日本全国に除夜の鐘が定着していったのです。こうしてみると案外古くからの行事でなかったことがわかります。
一般的に、除夜の鐘は人間の108の煩悩をなくすためとされています。他にも『宋洪邁俗考』に一年を十二か月、二十四節気、七十二候を合計した数であるとあります。江戸時代の百科事典である『類聚名物考』なは、煩悩が108あるから、それを破るという意味ではないかとしています。なお、煩悩とは、欲や怒りや愚痴など、私たちを煩わせ、悩ませる心のことです。
今年も1年間、多くの煩悩に苦しめられてきました。除夜の鐘で1つずつ煩悩を払い、来年は安らかに暮らしたいという願いを込めて除夜の鐘を108回つきます。
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