5月6日の床飾

日頃支援してくださっている高千穂のお数奇者の茶事で代点を務めました。初座の床は南北朝時代の別伝明胤(べつでんみょういん、)の「雲庵」です。別伝は臨済宗破庵派の僧で、日本に禅をもたらした流派二十四流の一つ別伝派の祖です。


生年はじめ出生地、俗姓等詳しいことは伝わっていません。元の古林清茂の参じだと伝えられ、径山の虚谷希陵の法を嗣ぎました。南北朝時代の康永年間(1342年〜1345年)に来朝し、越後国普済寺の住持となり、足利尊氏の招請により建仁寺31世住持となり、鎌倉浄智寺で貞和3年(1348)に示寂しました。


後座は裏千家11代玄々斎の書付になる唐物籠花入に光格天皇勅名になる「雲井の鶴」という杜若を入れました。雲井の鶴は光格天皇から尼門跡大聖寺が拝領したもので、席主がさる方を通じて譲り受け、大切に育てている杜若です。今回の茶事に合わせたように開花したことにより入れました。


席主のお宅は高千穂峡の上に位置し、茶室から雲海を望むことができます。雲に包まれた中で催されました茶事でした。まさに「雲庵」です。





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