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7月17日稽古場の床

執筆者の写真: 木津宗詮木津宗詮

山本行範の賛になる鉾の図です。木槿と矢筈薄を不徹斎家元銘「青海波」太鼓胴花入に入れました。


ひく山のはやしの

  しらへかわるなり

    松はらあたり

      いまかへるらむ

             範



7月17日は祇園祭前祭山鉾巡行です。かつて巡行コースは四条烏丸→四条寺町→寺町松原→烏丸松原でした。寺町松原から烏丸松原を進んでいる鉾のお囃子の曲が変わり、鉾町に帰っていくかつての様が詠まれた歌です。

なお、当時は京都市電が走っていて、烏丸以西に位置する鉾が烏丸通を横断するときや、四条寺町で東行右折するときに市電の架線が鉾の動きを遮ってしまいました。そこで架線の一部を切断して巡行させていました。また電車を運休するわけにはいかないので、巡行の切れ目を見計らって架線のない部分を運転させていました。具体的には、烏丸線を走ってきた電車が架線のない区間に入る直前に、車掌がビューゲル(屋根の上の集電装置)のひもを引っ張って下ろし、一時的に電車の惰力で四条通を横断させていたそうです。この作業は、昭和49年の烏丸線廃止の前年まで行われていました。



なお、架線のない場所で歩行者が急に飛び出してきたりして急ブレーキをかけて停まったときは、交通局の職員や警備の警官が乗客が乗ったままの電車を押して無電区間から電車を「脱出」させたのだそうです。戦後といういうもののなんとも悠長な風景です。



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