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8月27日稽古場の床

大徳寺486世・同派5代管長の宗般玄芳の夕顔画賛を掛けました。



  大正一年八月第一日為改暦造之 紫野松雲

  叟(印)

夕顔や

 秋は種々の 

  福部

   かな



タイ土産の花入に宗旦木槿と秋海棠、百日紅、金水引、時鳥、矢筈薄、デューベローズ、セージ、スイカズラを入れました。



宗般玄芳は嘉永元年(1848)に奥田氏の長男として、石川県小松に生まれます。安政3年(1856)金沢の高巌寺の天恭の弟子となり、同6年12歳で得度します。伽山全楞に嗣法し、明治31年(1898)に八幡円福寺の住職となり、同41年(1908)、大徳寺四八六世・同派第五代管長となり、大正11年(1922)、75歳で没しています。


「大正」は、大正天皇の在位期間である大正元年(1912)7月30日から大正15年(1926)12月25日までの期間を指します。明治45年(1912)7月30日、 明治天皇が崩御し、皇太子嘉仁親王(のちの大正天皇)が践祚し、改元の詔書を公布、即日施行し、同日は大正元年7月30日となりました。大正15年(1926)12月25日、大正天皇が崩御し、摂政宮裕仁親王(のちの昭和天皇)が践祚したため、昭和に改元、同日は昭和元年12月25日となりました。「大正」の出典は、『易経』彖伝・臨卦の「大亨以正、天之道也」(大いに亨(とお)りて以て正しきは、天の道なり)で、過去に4回候補に上がりましたが、5回目で採用されました。なお『大正天皇実録』によれば元号案として「大正」「天興」「興化」「永安」「乾徳」「昭徳」の案がありましたが、最終案で「大正」「天興」「興化」に絞られ、枢密顧問の審議により「大正」に決定しました。なお、この軸の「大正一年八月第一日為改暦造之」は、8月1日が改暦の日としていますが、改暦は前日の7月30日になります。

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