三斎井戸

天正 15 (1587) 年 10月の北野大茶湯で,細川忠興 (三斎) が,影向 (ようごう) の松の西に茶室を造って松向軒と名づけたとされるています。江戸時代前期には大徳寺塔頭で、細川家の菩提寺である高桐院に移築されます。



そもそも松向軒の名の由来は、北野天満宮の影向松(毎年初冬より節分までの三冬の間に初雪が降ると、天神さんが降臨され、和歌を詠まれるとされている松)の前に構えたことによります。今日、北野天満宮には、北野大茶湯の折に、忠興が茶湯のために水を汲んだ三斎井戸と、後に間取りを変えて造られた茶室松向軒があります。





社中の伏見月橋院にも、内国博覧会の折に建てられた松向軒写しが移築されて今日に至っています。