• 木津宗詮

五月朔日


          資枝上          

   五月朔日前庭の池に

   秦亀出現せしかは

 言の葉の道のさかへを萬代と

 ちきりて庭にかめやいてけむ



 日野資枝(すけき)の「五月朔日(ついたち)前庭の池に秦亀(いしがめ)出現せしかは」と題する詠草です。「言の葉の道」とは和歌の道のことであり、その繁栄が万年に及ぶという約束をあらわすために庭に亀が現れたことを喜んでいます。亀の出現が和歌の道の不変を寿いでいるのです。ちなみに資枝の詠草には署名の脇に「上」と記されています。これは神仏や天皇に奉納した和歌であることがわかります。このことからこの歌は資枝にとって格別思いの込められた歌であることがわかります。



 もう一幅は資枝の賛を認め、直斎が亀を描いた画賛です。まことにシンプルでかわいらしく亀の絵です。資枝と直斎の具体的な交流については不明です。直斎は茶の湯の家元ではありますが、所詮、無位無冠の茶頭です。それに対して極官が従一位の日野家の当主である資枝が直斎の描いた絵に賛を書くというのは当時としては破格のことです。身分や格式をこの上もなく大切にされ、また、それを厳格に守った時代です。そうしたことから二人はよほど深い関係があったことと想像できます。記録は残されていませんが、案外茶の湯の師弟だったのかもしれません。いずれにしろ資枝は茶の湯のを嗜んでいたのは確かです。好みの棗や自作の茶杓や花入が残されています。

 なお、「秦亀」とは江戸時代の大坂の医師寺島良安によって編された百科事典である『和漢三才図会』に「以之加米・いしかめ」とありイシガメのことをさします。古来、亀が庭に突然出現することは瑞兆として大変喜ばれました。天明の大火に屋敷が罹災した冷泉家も、その再建の地鎮祭のときに、亀が現れしばらくそこで遊んだとの伝えがあります。冷泉家ではこれをとても喜び、亀を冷泉家のシンボルにしたそうです。今出川通りに面している門の屋根には『阿吽の亀』が据えられています。そうしたことから「亀の冷泉(上の冷泉)」よばれたそうです。ちなみに冷泉家の分家を「下の冷泉」といいます。資枝も同様にまことにめでたいこととしてその感動を歌に詠んだのです。




 今日は5月1日ですが旧暦だと未だ4月9日です。その上今年は閏月が4月になり、4月が2回あります。そこで旧暦5月1日は6月21日で一月半先になります。






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