尾上の鐘

神功皇后が三韓征伐より凱旋の時に持ち帰り、高砂の尾上神社に納められたと伝えられる鐘です。実際には新羅朝時代に造られた盤渉調の鐘で、国の重要文化財に指定されています。

上下に幅広の帯がつけられ、蓮台に座った如来が一体浮き彫りされ、頭上には天蓋と小さな楽器が飛んでいます。 その両側には空中から天衣をひるがえしながら二人の天女が天降って楽を奏して供養している姿が陽刻されています。そして六個の楽器が虚空を飛んで楽を奏しています。シンプルではありますが、何ともいえない品格をそなえたゆかしい鐘です。






また、この鐘は、元々、龍宮にあった鐘で、神功皇后が三韓従伐からの帰りに尾上神社に納められたともいわれていました。ある時、海賊がこの鐘を盗み出しました。そして足摺岬まで来た時に大嵐になり船が沈没しそうになってしましました。そこで海賊たちはこれは龍宮の神が怒っているということで、慌てて 釣鐘を海に投げ込みました。その後、その辺りの海が夜中になると光るようになり漁ができなくなってしまいました。そして漁師たちはこの鐘を引き上げ高野山へ奉納しました。ところがこの鐘を打つたびに、

おのえへ、いのー。おのえへ、いのー(尾上へ帰ろう)」

と聞こえ、詳しく調べてみると尾上の鐘だと分かり、そして尾上神社に帰ってきたという話しも伝わっています。この鐘には、この時にできたとされるひび割れが残っています。なお、かつてこの鐘の響く範囲を「響きの灘」と呼ばれたとのことです。 なお、尾上神社の宮司さんはじめ奥さんたちが収蔵庫を特に開けてくださり、詳しくご説明してくださいました。本当にありがとうございました..


高砂のをのへの鐘の音すなり暁かけて霜やおくらむ 『千載和歌集』・大江匡房

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