松平不昧公の詠草を床に掛けました。よく見る不昧公の定家様の筆跡と趣が異なりますが、不昧公の書に詳しい専門家に見てもらったところ若い頃のものだそうです。また万葉仮名で認めている作はとても珍しいとのことです。以前、ある道具屋さんが出雲の旧家から出たもので、宗匠の家は不昧公と格別のご縁だからといって勧められた軸です。ずっと床に掛けっぱなしだったために相当焼けていますが、私はウブの表装が好きなのでそのまま使っています。花は昼間赴いた椿大神社の稽古でもらってきた椿を唐銅鶴首花入に入れました。
思事宇多幣婆那藝奴言霊之 幸波布験麻佐斯加利計理 蘭室主人
思ふ事歌へはなきぬ言霊の 幸はふ験まさしかりけり
わが国の古代の人々は、言葉に霊力が宿ると考える言霊信仰を持っていました。美しい心から生まれる正しい言葉は、その言葉通りの良い結果をもたらし、逆に、穢れた心から生まれる野卑な言葉は災いをもたらすと信じていました。
ネガティブな言葉は、ネガティブな思考となり、ネガティブな行動をとらせ、そしてネガティブな結果を生むと私は思います。逆にポジティブな言葉はポジティブな思考、行動、結果を導き出す。そう考えるとネガティブな言葉を使うのは極力避けた方が良いようです。 そして言葉の意味を知ることも大切だと考えます。「ありがとう」という言葉は、漢字で書くと「有り難う」で、そもそも「有ることが難しい」という意味です。だから思いもしない嬉しい体験すると思わず、「ああ、有り難い」という言葉が口からこぼれます。高齢者の方が日々健康に暮らしているとか、毎日美味しくご飯を食べれるとかを「有り難い」と口にするのは、本来の意味を無意識を踏まえて発している言葉だと思います。そこには本来は目に見えない神や仏などの計らいへの感謝が込められているのかもしれません。そう考えると、私たちが普段なにげなく使う「ありがとう」という言葉の重さを感じることができます。言葉の意味を知って使うと、気持ちも相手に伝わる、日頃から前向きで、美しく、優しい言葉を使っていると、物事がいい方向に向かっていく、それが言霊だと私は思っています。
不昧公のこの歌は、心に思った事を美しい言葉で歌に詠めば言葉の不思議な力が必ず、幸せをたらせてくれるのだと詠んでいると私は解釈しています。
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