• 木津宗詮

澄子夫人

 家元での住み込み修業時代、澄子夫人には格別可愛がっていただきました。澄子夫人は先々代愈好斎と恒子夫人の長女として大正9年(1920)10月19日に生まれられました。この日は家元では2ヶ月繰り上げて一翁忌を催していました。いつも「わては一翁忌に生まれたんや」と誇らしげに仰っていました。  昭和16年(1941)に先代有隣斎宗匠と結婚され、のち千茶道文化学院を創設されました。多数、懐石料理や和菓子の本を出版され、茶道はいうに及ばず料理研究家として活躍されました。平成16年(2004)7月2日に83歳で亡くなられました。生粋の京都人で、口癖は「なんえ!」で、今も家元では「なんえ!」といえば澄子夫人の代名詞になっています。軽快洒脱で男勝りの豪快さのある婦人でした。ちなみに、お父さんの愈好斎は表千家碌々斎の弟の久田宗悦の息子、お母さんの恒子夫人は碌々斎の娘で、当時の千家では利休さんの血が一番濃い人でした。  毎年この時期、夫人の筆になる短冊6枚を竹につけて飾らせていただき偲んでいます。この短冊は何かの雑誌の仕事をされた時に、七夕飾りの笹につけたものど、その手伝いをしたときにいただいたものです。


 認められているのは、『和漢朗詠集』の「七夕(しちせき)」などをもとにした和歌や漢詩です。1枚目は小野美材(よしき・びざい)の漢詩から、2枚目は柿本人丸の和歌、3枚目は一年に一夜という意味です。4枚目は白居易の漢詩、5枚目は凡河内躬恒の和歌、6枚目は紀貫之の和歌です。


二星たまゝゝあうて涼風

  颯々の声におどろく

天の川とほき渡るにあらねども

君が舟出そとしにこそまて


ひとゝせにひと夜


憶ひ得たり長く乞巧することを

竹竿頭上に願糸多し


としごとにあふとはすれど七夕の

たなばたのぬる夜の数そすくな


ひととせにひとよと思へど七夕の

あひ見む秋のかぎりなきかね

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