釜山窯跡

豆毛浦(ともぽ)倭館時代、34年の間館外で、のち35年間館内で日本の御本茶碗などの注文陶磁器を作っていました(古倭館時代)。延宝6年(1678)、草梁新倭館移転後は館内に築窯し、享保3年(1718)に閉窯するまで約40年間にわたり営窯しました。


日本からの御本茶碗など注文陶磁器を109年間製作し送り続けられましたのがこの場所です。現在、釜山のもっとも賑やかな繁華街となっています。


享保3年(1718)、閉窯後は対馬島内においてその技法が継承され、現対馬市巌原周辺に対州窯が営窯し、明治末年頃まで続きました。

『草梁倭館絵図』には、龍頭山中腹付近に『大窯』と『献上窯』の2種の窯が稼働していたことがわかります。


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