伊勢茶

伊勢茶は三重県内、とくに旧伊勢国で古くから産出していた日本茶の総称をことをいいます。水沢茶(すいざわちゃ)、鈴鹿茶[、亀山茶、大台茶、度会茶(わたらいちゃ)などの各地に産する茶です。

この地域での茶栽培は平安時代の僧玄庵が茶の木を植え、空海直伝の製茶法を伝承したのが始まりと伝えられています。室町時代から江戸時代にかけて神宮の御師(おんし)や伊勢商人が伊勢茶を日本中に広めました。現在の大台町の多気郡柳原村と栃原村では茶の栽培が行われていて、文禄3年(1594)の検地帳に茶が年貢として納められています。江戸時代になると現在の津市美杉町である一志郡川上村の川上茶や松阪市飯高町の飯南郡川俣村の川俣茶、三重郡の水沢茶や菰野の茶が発達し、現在の伊賀市や名張市でも茶栽培が盛んになります。幕末には松坂商人が江戸で川俣茶を販売し、射和村では製茶工場を建てられ工場制手工業が発達しました。横浜から海外に輸出され茶の需要が増し、明治時代初期には茶園面積が静岡県より広く4,000ha超もありました。そして明治17年(1884)には北アメリカに向けて四日市港から鈴鹿茶が出荷されることになりました。明治25年(1892)には茶園面積が最大となり、大正時代には栽培の全盛期を迎え、煎茶・番茶・玉露・ウーロン茶などが栽培されました。