利休忌

家元の利休忌を終えて帰宅し、自宅の稽古場の床に松平不昧公の賛になる狩野栄川院の画像を掛けてお祀りしました。家元でいただいた利休饅頭を利休好みの千ノ字盆写しにのせて茶湯を供えました。



不昧公の賛は公の参禅の師である大巓和尚の利休居士像の賛語の写しを認めています。


 頭上之巾 

 手中之扇

 制喫茶道 

 引紛奢人

  右巓和尚

  賛語也(印)


 頭上巾(きん)

 手中の扇(せん)

 喫茶の道を制し

 奢人(しゃじん)を引紛(いんぷん)す





大巓和尚が着賛した利休居士像は表千家蔵になる春屋宗園の賛になる長谷川等伯の画像同様頭巾をかぶり手に扇を持った姿であったと思われます。栄川院の画像は円窓の中に頭巾をかぶり袖を合わせています。 利休居士は楽茶碗や木地の水指に代表される新しい道具や躙口や二畳の茶室をとりいれました。そしてそれまでの名物を尊ぶ既成の価値観に代わり侘び茶を大成しました。この賛はそうした利休さんを称えた語です。 なお、利休居士は 天正19年(1591)2月28日、京都葭屋町の聚楽屋敷内で切腹を自刃して果てました。享年70歳。その遺偈は、「人生七十 力囲希咄 吾這寶剣 祖佛共殺 提ル我得具足の一ツ太刀 今此時ぞ天に抛 人生七十 力囲希咄(りきいきとつ) 吾這(こ)の寶剣 祖佛共に殺す 提(ひっさぐ)ル我得具足(えぐそく)の一ツ太刀 今此時(このとき)ぞ天に抛(なげう)つ」。武者小路千家家元では、旧暦に近づけて一ヶ月ずらした3月28日に大徳寺聚光院で法要を営んでいます。