呉竹

明日から家元の初釜で、その間、父がうちに滞在します。今日は晩御飯の後、流儀の伝書を一緒に読みました。そして私が手に入れた三代聿斎の茶杓の外箱に書付してもらいました。

聿斎は明治42年(1909)に、大韓帝国といっていた朝鮮釜山の迫間房太郎の東莱別邸の設計で赴きました。その後も2回渡鮮しています。この茶杓は当時京城、現在のソウルで桑の材木をもとめて持ち帰り作られたものです。銘は藤原家隆の「時わかぬおのか枯葉はつもれどもいろもかわらぬ庭のくれたけ」から「呉竹」とつけられています。自作の茶杓で竹に似せて節裏に朱漆で花押が認められています。よほど上手くいった出来栄えであったようで、まさに会心の作であったことからわざわざ花押を入れたのでしょう。

聿斎はまことに器用な人で、書は歴代一の能筆家で、絵も巧みで、茶室をはじめ庭や住宅の設計を生涯に400余しています。特に昭和4年(1929)には大正天皇の皇后であった貞明皇后の青山の大宮御所の御茶室「秋泉」の設計・施行の御下命を被りました。それを皇太后に御嘉納いただき、御茶室の御名前の一字を取り「宗泉」の号をいただき、聿斎一代の名誉となりました。

父は尼崎に住んでいて、またそれぞれが仕事で忙しくしているので、なかなかこうした時間を持つことができません。書付もそうですが、家に伝わる茶の湯を教授、相伝してもらう機会がありません。父も今年数えで80歳となります。私も還暦で限られた時間を大切にしなければならないと痛切に思いました。教えてもらうことがまだまだ山積みです。時間がないと焦るばかりです。









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