• 木津宗詮

塵穴

利休より花入到来候間、只今かざり候と加賀肥前守・蒲生飛弾(騨)守・与一郎殿三人へ使来り、その侭三人御出有て入あれとも前後花入は不出候、所望可有かと様々吟味あれ共、上て終に云出す事不成して、各罷出申候得は洛(路)地へ送り出易云、今日は花入見せ可申為に申入候き、花入御覧哉と云へ共、客衆終に花入を不得見候、座敷・路次見廻し候へ共、花入は無之候といへば、尤に候とて塵穴を教らるヽ、椿の花之落たる成ほと見事にニ(ママ)入して有之、各自を驚見事なる事なりと御話なり


 利休七哲の一人、細川三斎が語った茶の湯の故実や逸話を記した『三斎公御物語』の塵穴の花の話です。ある時、利休から細川三斎と前田利長、蒲生氏郷の三人によい花入が手に入ったと茶会の案内がありました。ところが肝心のよい花入が出てきません。三人は拝見の所望をしょうか迷っていると茶事がすべて終わってしまいました。しかたなく辞去しようとすると露地に利休が見送りに出てきて、「今日は花入をご覧いただくためにお招きしました。花入をご覧になりましたか」と言いました。三人は「ついに花入を見ることができませんでした。座敷も露地も見回しましたが花入はありませんでした」。すると利休が「もっともなことです」と言って露地の塵穴を示されました。そこには椿の落花がまことに見事に入れられていました。三人は驚き見事なことだと感心したとのことです。

 塵穴とは露地の腰掛待合の付近、茶席の躙口(にじりぐち)の付近に設けられた四角形または円形の穴をいいます。中に枝についた青葉を入れ、青竹の塵箸をたてかけておきます。 迎付で客を迎える際に最後の露地の確認で落葉や枯枝を入れる穴です。円形は直径約6、7寸(約18㎝〜21㎝)、四形は9寸から1尺3寸(約27㎝〜39㎝)、深さはいずれも9寸5分(約28.8㎝)で、縁は8分(約2.4㎝)、地上から2分(約0.6㎝)あげて、覗き石(箸もたせ石)といわれる小さな自然石を嵌め込ませて漆喰で塗ります。四角形と円形の使い分けは、一般に外露地には四角形、内露地には丸形の塵穴を配置するとされています。また、広間は四角形で小間は円形という説もあります。広間は「陽」で小間は「陰」、それに対するように室外に「陰陽」を配置しているのです。陰陽説によると奇数は「陽」、偶数は「陰」とされ、円は一画で「陽」、四角は4画で「陰」になるという考えです。ところが武者小路千家家元の官休庵と祖堂、環翠園、環翠園前の腰掛待合の塵穴は四角形で、半宝庵は円形です。腰掛待合は外露地になるので問題ありませんが内露地の官休庵の塵穴は四角形です。だから最初の説は成り立ちません。また官休庵は小間なので室内が「陰」となり外に「陽」を配置するべきですが四角形で「陰」になります。だから後者の説も成り立ちません。家元での修行時代にとてもこのことが納得いかずにいました。ある時、愈好斎・有隣斎・不徹斎の3代の直門で、数寄屋建築研究の碩学であった故岡田孝男先生にうかがったところ、官休庵はたしかに一畳台目の小間であるが、同じ一畳大目の宗旦の今日庵は壁床で、それに対して官休庵は台目床、他にも今日庵との違いに点前畳と客畳との間に4寸(約12㎝)の中板が入れられ、茶道口から席中に入ると直ちに半畳の板畳、また点前座の向こう壁の隅が丸く塗られている。官休庵は今日庵と同じ同じ一畳台目せあるが広くゆったりとした席の工夫がなされている。だから小間の茶室ではあるが広間の思いが込められている席なので「陽」となり、室外に「陰」である四角形の塵穴が設けられているとのことでした。聞いた時は合点がいきとても納得できる説でした。ただし、いまとなるとこの説もなにか無理やり結論を導き出しているように思います。官休庵にそのような思想性があるようには思えません。また、以前、『千一翁宗守』で、官休庵の席名である「官休」は喧騒の市中から脱して「大隠」になるという石川丈山の漢詩に感銘を受け、一翁の依頼で宗旦が命名したとしたという私の考えと合いません。杉木普斎がその伝書に、


小サキノ辺ノクゝリノキハニモ塵アナ有ヘシ、ロチノ様子ニヨルヘシ、セハキロチニハ丸キチリ穴ヨク候、又広キ盧(露)地ニハ櫃ナリニモイタシ申候、イツレモ見合有ヘシ、チリアナナクテモ不苦ロチモアリ、外盧(露)地ナトノ場モヒロキ所ニハ、大ナル塵穴ヨロシ、


杉木普斎は宗旦四天王の一人で、宗旦没後、一翁に師事し多くのことを学び、千家の茶の湯の仕上げとして一翁から皆伝を伝授されています。その普斎は狭い露地には丸形、広い露地には四角形(櫃ナリ)で、外露地などの広いところは大きい塵穴がよいとしています。「ロチノ様子ニヨルヘシ」、「イツレモ見合有ヘシ」とあり露地の様子により斟酌しなければならないとしています。私は単に茶室や露地を指図した宗匠の好みによるのだと思っています。

すべてのものを祓い清める塵穴に入れられた椿も、より一層の清らかな美しさを発揮したのです。露地の清浄は十分行き届いた掃除と打ち水に感じることができます。そして青葉が入れられ、青竹の塵箸が添えられた塵穴も単なるゴミ入れではなく、清々しい景趣を添える露地の大切な装置です。手水鉢で手と口を清め、最後に心の塵をこの穴に捨て、塵穴は遥か遠くにそれをやり、純白になった身と心で清浄世界に席入するという思いが込められていると考えています。



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