『平家物語』の巻頭の、
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰(じょうしゃひっすい)の理(ことわり)をあらはす。
この世の「無常」を説いた古今東西の名文の一つです。
ここに書かれている「沙羅双樹」は、釈迦が入滅したときにその臥床の四辺にあった樹で、季節外れの花が開き、たちまちにして枯れ、さながら鶴の群れのように白色に変じたとされています。仏教では、繰り返す再生の輪廻から解放された悟りの状態を表す涅槃の象徴とされています。なお、釈迦が生まれた所にあった木である「無憂樹(むゆうじゅ)と、釈迦がその木の下で悟りを開いた「菩提樹」、そしてこの「沙羅樹」を仏教の「三大聖樹」とされています。

沙羅樹はジャスミンに似た芳香を放つサラノキ属の常緑樹で、木材としては耐久性に優れ、ラワン材として知られています。


耐寒性に弱いため、かつては日本になかった樹です。ところが江戸時代中期ごろに、朝に開花し、夕方には落花するツバキ属の夏椿が沙羅樹に擬されるようになります。そして「沙羅の樹」とか「沙羅双樹」と呼ばれるようになりました。いずれにしろ純白の清楚な一日花で、その儚い風情からの命名です。
先日の大阪美術倶楽部倶楽部主催の若美津茶会の濃茶席で、夏椿が古伊賀花入の名品に入れられました。

その枝は蕾と開いた花、そして昨日開花して散ったものがついたものでした。



私はその一枝に「未来」と「現在」、「過去」、そして世の無常を見ることができました。鴨長明の歌論書である『無名抄』に書かれた幽玄の定義、
詞に現れぬ余情、姿に見えぬ景気なるべし
とあります。まさにこの一枝は「幽玄」の美であると感じ入ったのです。
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