形見

夕紅葉

ゆふ霧をへたてゝいろはうすけれと

とやまの紅葉なほもてりそふ 露秀




箱書は木津家3代聿斎宗泉です。


夕紅葉 ゆふ霧を

一方庵露秀翁短冊 聿斎露真(花押)

一文字翁着衣裏地

今日の稽古の掛物です。


夕紅葉

ゆふ霧をへたてゝいろはうすけれと

とやまの紅葉なほもてりそふ 露秀


箱書は木津家3代聿斎宗泉です。


夕紅葉 ゆふ霧を

一方庵露秀翁短冊 聿斎露真(花押)

一文字翁着衣裏地




平瀬露香の養嗣子露秀の短冊です。露秀は露香ご設立に参加した大阪貯蓄銀行頭取に就任、大阪財界の一躍を担いました。明治41年(1908)、露香の没により武者小路千家の家元預を継承し、翌42年に聿斎に引継ぎ、控邸を聿斎に提供し官休庵家元稽古場とするなど、露秀は聿斎の最大の後援者であり理解者でした。

表装着衣の一文字の裂は露秀の着衣の裏地が用いられています。この掛軸は露秀の形見分けの品です。



故人を偲びその遺徳をのちの時代に伝えるのに、昔から生前中の着衣を掛軸の表装に用いたり、帯を帛紗に仕立てたりすることが行われています。初代宗詮の肖像画も生前着用の十徳が用いられています。

写真の遺影とは異なり、さりげなく後の世に故人を伝える奥深しさはまことにゆかしいしいことです。

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