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執筆者の写真木津宗詮

3月17日稽古場の床 寄関恋

更新日:2022年3月27日

近衛内前(うちさき)の短冊「寄関恋(関の恋に寄せる)」を掛けました。花は唐銅鶴首に月光椿。




月日のミつれなくミえてうき中に なをもへたつる逢坂のせき              内前




月日ばかりがままならず過ぎていきます。愛しい人に会いたい。そんなつらい思いをしている私を、逢坂の関が隔てています。

現今、千家では恋歌をあまり使われません。大阪大学の岩井先生によると、古くは千家で恋歌の掛物が忌避されるようになったのほそれほど古いことではなく、かつては使われていたとのことです。実際、古い例では、宗旦四天王の一人杉木普斎自身が詠んだ恋歌の贈答歌の軸が私の手元にあります。恋歌を認めた掛物は、茶会の品格が落ちる危惧があるのと、女性が参加するようになったことが主な原因とのことと指摘されています。 私は冷泉家の門人になって30年以上になり、毎年乞巧奠に出演したり、歌会で出される恋の題を詠む時もあります。だから恋歌にはまったく抵抗がありません。かえって茶会や稽古の趣向によりふさわしい時もあります。ですから旧暦の七夕の前後にはよく茶会や稽古で使っています。 なお、この短冊の題は冷泉為村が書き、歌は近衛内前が詠んだ歌を内前が記しています。これは歌会で、あらかじめ短冊にいくつかの題を記し、各自が抽選するようにしてとり、与えられた題によって詠作した「探題たんだい)」の形式になっています。探題は「題を探(さぐ)る」という意味です。


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