武神



毘沙門天

  大徳晦巌禅師之書也中身ハ濠北出征ニ際し帯行す

               昭和甲申之春赳誌(花押)


毘沙門天(びしゃもんてん9

  大徳晦巌禅師の書なり、中身は濠北出征に際し帯行す


 刀の白鞘に書かれた毘沙門天の文字は、大徳寺元管長で利休居士三百五十年忌の三千家施主になる法要の導師を勤めた太田晦巌(大梅窟)。

 小いさく書かれた文字はこの刀を所持していた赳なる人物が、濠北(北オーストラリア)に腰に帯びて出征した旨が記されています。刀身は今は竹光に代わっています。</