• 木津宗詮

氷解

最終更新: 3月7日

昨日、アップした「多宝塔」に記したように、かつてカンボジアで、長年にわたり探求してきたことがほんの些細なことがきっかけで氷解したことを記しました。その体験談が『紀伊民報』という地方紙に掲載されました。その原稿をご紹介します。



カチーンとバシャーン

 昨十一月、肝胆相照らす仲の友人Hとシンガポールとカンボジアにサッカー2018FIFAワールドカップ・アジア二次予選の観戦旅行をした。いずれの試合も日本の勝利に終わり万々歳。昨年、日本戦は六試合あり、九月の埼玉に引き続きこの試合とで三つ観戦できたことはまことに幸運なことであった。  彼とは国内外を問わず、年に何度も旅をし、現地の酒と料理を堪能しつつ現地の人と触れ合っている。この旅行もご多分に漏れず、そうした旅だった。カンボジアのアンコール遺跡ではツゥクツゥク(三輪タクシー)を貸切にして観光。その運転手はとても誠実で親切な青年で、私たちのわがままな希望にできる限り沿うように努めてくれた。そこで彼なら! と確信し、私たちは彼に片言の英語と身振り手振りで、ぜひとも彼の自宅を訪問したいとお願いした。  日没後のシュムリアップの郊外の彼の家に、ツゥクツゥクで二時間ほど揺られてようやく到着。真っ暗な中、高床式の民家から彼の姉さんの家族が出迎えてくれた。彼女はわざわざ貴重な鶏を潰して、私たちのために料理を振る舞ってくれた。彼女の手料理と日本から持参の金山寺味噌や梅干を肴に、私たちはカンボジアの名も知らぬ村の家族との宴に興じた。そして、今まで体験したものと比較することのできない、奇しき出会いに酔いしれた。食後は、持参の茶箱と和菓子で一期一会の茶会を催した。  その後、興奮覚めやらぬ二人はホテルに戻り、中庭のプールサイドで改めて二次会。最後は、二人ともプールに「バシャーン」と飛び込んでしまうほど絶好調であった。学生時代、コンパがあると、鴨川で絶頂となり、お終いは川渡りをする風潮があった。飛び込むという行為はそれ以来、まさに三十数年ぶりの体験である。が、その時、突如、「カチーン」とひらめいたのだ。  当時、私は機関誌に家元の茶室「半宝庵」について執筆をしている最中であったが、かねがねこの茶室の名称に疑問を抱いていた。これまで述べれているいずれの説も説得力がない。それで私自身も長年、文献等を通じて調べたが、全くわからずお手上げ状態であった。ところが! だ。プールに入った瞬間、疑問が氷解したのである。  『法華経』見宝塔品の中に、釈迦が法華経を説いている時、多宝如来という仏が巨大な宝塔とともに現れ、釈迦に半座を譲り宝塔に二人並んで説法をした故事がある。宝塔は茶室、多宝如来は亭主、釈迦は客。茶室の中では主客は平等であるとともに、主は主として、客は客としての区別は厳然とある。それが茶会では主は客を思い、客は主を思い、主客が一体となるのが茶の湯の理想である。つまり、「半宝」は、この茶の湯の理想をその名に込めたものなのである。  このひらめきは、まるで中国唐代の禅僧・香厳智閑のようだと、我ながら笑ってしまった。香厳智閑は長い年月の間、師に参禅するが悟りを開くことができず、自らの愚鈍さに失望して師のもとを去り、小庵を結び墓守として過ごすことにした。ある日、掃き集めた落ち葉を竹薮に捨てたところ、混じっていた小石が竹にあたって「カチーン」と音を立てた。その瞬間、香厳は「ハッ」と悟り得たという。  私の場合は、「バシャーン」「カチーン」だが、長年思い悩んだり解決しなかったことが、ほんの些細なことできっかけとなり解決することもあるのだ。ただし、それは時間をかけて真摯に取り組んでいた結果であり、私自身が十年余り「半宝」について思案してきた結果なのだとも確信した。ひらめきは、何がきっかけで起こるかわからない。しかし、それまで積み上げてきたものがあればこそ。またいつかどこかで何が「カチーン」と氷解するか、実に楽しみだ。












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