• 木津宗詮

好雪



 武者小路千家12代家元愈好斎と木津家3代聿斎が参禅した元大徳寺僧堂師家の川島昭隠老師筆「好雪片々不落別處(こうせつへんぺんべっしょに おちず) 」です。出典は『碧眼録』。この墨跡は好雪にちなみ余白を多くとっています。なお昭隠老師は参禅の師であるとともに、「愈好斎」、「聿斎」とそれぞれの斎号を命名しています。流儀、木津家にとっては格別縁の深い老師です。

 この句は中国唐代の龐居士(ほうこじ)と薬山禅師(やくさんぜんじ)との逸話がもととなっています。ある日、龐居士が薬山禅師の元を辞するにあたり、禅師は弟子たちに門前まで見送りをさせました。その時、居士は降る雪を指して「好雪片片別処に落ちず」と言って彼らと問答をしかけました。以下は西部文浄著『茶席の禅語』によります。


  龐居士が「とても美しい雪がひらひら落ちている雪だ。この雪はたまたまではなく、た

  だ落ちるべき処におちている。諸君はこれをどう見る。」と問答を仕掛けました。門送

  に来た一人の雲水が、「ただ落ちるべき処におちているとおっしゃいますが、それなら

  一体どこに落ちるのですか。」と理屈での問い返しました。居士はすかさずその雲水を

  平手打ちをします。打たれた雲水は、「叩かなくても話せばわかるじゃないですか。」

  と居士の親切な教示が理解出来ずに不平を言います。居士は、「君はそんなことで腹を

  立てたり、こんなことが分らんようじゃ閻魔さんなら君を容赦しないだろう。」といっ

  てこの雲水を叱りました。そしてまたこの雲水は、「それじゃ、居士はどう答えます

  か。」と、さっき平手打ちにあったことにとらわれて、また理屈で反発しました。そこ

  で居士はさらに平手打ちをして、「眼に見ながらこの好雪片々が見えないとは目が見え

  ないのも同然、口があってもこの落ちる処が言えないではしゃべれないのも同然だ。」

  と叱りました。


なんとも美しい雪。ところがどの雪片も違うところに落ちない。かといって同じところにも落ちない。ひらひらとすべて落ちるべきところに落ちている。見る雪もなく、見られる雪もなく、自らが好雪片々の雪そのもの。天地宇宙に溶け込んでいるかぎり、天地と一体の自己があるだけである。すなわち、ここがそのまま落処ではないか。ということだそうです。悟りの境地をいっている語です。凡夫の身には測り知ることのできない境地です。私たちはすぐに一般常識として相対的に物事をみてしまいます。そして理論理屈で判断してしまいます。ところが悟りを開いた人には、 見る雪もなく、見られる雪もなく、自らが雪そのもと一体になりどこに落ちようとそれは本来落ちるべき処ということなのです。

 私はいつも物事はあるがまま。それ以外は決してありえない。私たちにとって偶発的な失敗や不幸なこともすべて起こるべくして起きた。起きることはすべて決定されている。これから起きることも同じで、今の自分に必要だから起きているのだとわたしは思うようにしています。キリスト教の「神の思し召し」です。単に受け入れるだけでなく、振り返って反省すべき点は反省しなければならない、ただし、いつまでもそれを拘って引きずられないようにと心がけています。そしてわたしたちには欲望があります。でも欲望自体は決して悪いのではないと私は考えます。もし人からから欲望が無くしてしまったら、進歩も発展もありません。今日の人類の発展はまさに欲望のなせる業であると思っています。少しでも快適に生活したいという欲望が火を起こすことを発見し、道具を使うこと、それを作ることを身につけたのです。そしてその欲望はコンピューターを作り、人工衛星を打ち上げたのです。欲望がなければ今も私たちは猿と大して変わらなかったのではないでしょうか。欲望自体が悪いのではなく、物事に執着することが苦しみを生むのだと思っています。すべてのことは決まっているというのと、欲望が人を進歩発展させるというのは矛盾しているようですがそれが肝心なのことです。なかなか難しいことですが不平不満をいわずにその現実を受け入れてしっかり生る。物事に一喜一憂せず、結果としてありのままに受け止め、これを上手に使い分けてバランスを保つことがもっとも楽な生き方かもしれません。このように文章に書きましたが、実践することはまことに困難なことです。私のこの考えが理屈そのものです。今にもどこかから居士の平手が飛んできそうです。  ここ数日の厳しい寒冷な日々が続いています。はるか比叡山はすでに積雪しています。今日も雪がひらひらと舞っています。龐居士の境地では、雪はひとひらも違わずすべて定められたところに落ちているのです。





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