• 木津宗詮

念仏往生

最終更新: 2019年9月16日

   念仏往生  弥陀佛導引しるへ一すちに  まよはさりとの誓たのもし 澄覚


 阿弥陀如来のお導きを一筋に信じれば、迷わず極楽往生できるという如来の誓いが頼もしい。澄覚、すなわち冷泉為村の「念仏往生」という題の短冊です。  阿弥陀如来は、梵名「アミターバ」といい、それを「阿弥陀」と音写し、「阿弥陀仏」略して「弥陀仏」ともいいます。「アミターバ」は無限の光をもつものとか無限の寿命をもつもの意味で、これを漢訳して・無量光仏、無量寿仏ともいいうそうです。  ひろさちやの『ひろさちやと読む歎異抄』によると、


 阿弥陀仏はもともとは法蔵比丘(ほうぞうびく)という人間だった。それはそれは遠い遠

 い昔の出来事である。一人の国王があった。彼はあるとき発心して、王位を捨てて出家を

 した。この出家者の名が法蔵比丘である。彼はもろもろの仏たちの浄土を見学し、そして

 五劫という長い長い時間にわたって思惟したのち、みずから願---請願---を立てた。その願

 は四十八あった。四十八願にはさまざまな願いが込められているが、煎じ詰めれば次のよ

 うになるだろう。わたしはみずから仏となって、浄土を建立したい。そして、その浄土 

 に、悩める衆生たちを救いとりたい。すなわち、衆生たちがわたしの浄土に往生したいと

 願い、それでわたしの名を呼んだら、必ずやわたしの浄土に往生できるようにしてやりた

 い。わたしは、そんな浄土を建立したいのだ。もしそれが不可能であれば、わたしは仏と

 なるつもりはない。法蔵比丘はその誓願にもとづいて修行し、そしてついに仏となられた

 のだ。その仏の名が阿弥陀仏であり、その仏の浄土が極楽世界である。  阿弥陀仏の誓願は、悩める衆生が彼の名を呼べば、その浄土に往生できるようにしたい、

 というものであった。彼の名は阿弥陀仏であるから、その名を呼ぶことは、「南無阿弥陀

 仏」と称えることである。したがって、わたしたちは、「南無阿弥陀仏」と称えれば、必

 ず極楽浄土に往生できるのだ。わたしたちはそれを信じて、そしてただただ「南無阿弥陀

 仏」を称えつづける。それでいいのである。それ以上のことは、なんにもいらない。


 8月15日が終戦記念日です。前の戦争で亡くなられた方の人数は、日本人は軍人が230万人、一般人が80万人、朝鮮人は軍人が22万人、一般人が2万人。台湾人は18万人、一般人が3万人。その他にも、中国人・ベトナム人・インドネシア人・フィリピン人・ビルマ人・アメリカ人・オーストラリア人等、多くの方が亡くなっています。今月は各地で戦没者の慰霊が行われています。私の子供のころは戦争体験者が元気で多くいました。伯父は南方に従軍し、また別の伯父は満州であわやソ連兵に捕まりかけました。祖父の家の敷地の中の借家には焼夷弾が落とされ、そこに住んでいた人は亡くなりました。そうした体験をされた方の多くも少なくなり戦争の記憶が薄くなってきています。このことは後々まで伝える必要があることだと思います。最後に亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。


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