• 木津宗詮

金の鱗

 むかしむかし、中国の聖天子舜(しゅん)が、黄河の氾濫を治めるように鯀(こん)に命じましたが失敗し、その子の禹(う)がそれを引き継ぎ治水工事に成功しました。そして禹は舜から天子の位をゆずられて夏王朝を立てました。禹は黄河上流の龍門山を三段にして水を取り除きました。するとそこに三段の爆布(滝)ができました。毎年、毎年三月三日の桃の花が咲くころ、世界中から多くの魚が竜門に集まりこの瀑布を登ります。この瀑布を無事に登ることができるのは金鱗溌剌(きんりんはつらつ)としたみごとな鯉だけです。大半の魚は登ることが叶いません。無事に登りきった鯉の額に雷が落ち、その雷火で尾が焼かれ、頭上に角をいただき、たちまち龍となって雲を呼んで天に昇っていきました。

 中国の歴史書「後漢書」李膺伝です。このことから立身出世のための関門を「登竜門」、試験に合格しないことを「落第」、試験に合格することを「及第」、「点額」というようになったそうです。さらに端午の節句に鯉のぼりをたてるのもこの故事からです。

『碧眼録』に、


三級浪高魚化龍(さんきゅうなみたかくしてうおりゅうとかす)

癡人猶汲夜塘水(ちじんなおくむやとうのみず)


とあります。魚は滝を登り切って龍となった。しかし、愚者は滝壺を探って、魚を探し続けている。という語があります。「龍」は悟りのことです。

 狩野伊川院の鯉図です。






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