• 木津宗詮

初午

最終更新: 3月4日

 「初午」とは和銅4年(711)、京都伏見稲荷大社の ご祭神である宇迦御霊神(ウカノミタマノカミ)が伊奈利山(稲荷山)に降り立った伝承される日です。この日が二月最初の午の日だったことから、「初午」とよばれています。参拝者が稲荷山の杉の小枝を折って帰るという、いわゆる「しるしの杉」と呼ばれる風習があり、今日も「しるしの杉」が同社で授与されています。


     しるしの杉


また、伏見稲荷大社の社頭の深草は、垂仁天皇の時代に埴輪や土器作りに携わった野見宿称(のみのすくね)の後裔にあたる土師(はじ)氏が住み土器作りに従事した地です。土器作りから日常生活用品製作へと発展し、やがて余技として土人形が生み出されてきたそうです。日本の最古の土人形で、各地の土人形の源流となりました。幕末から明治初年にかけて、社頭の伏見街道沿いに窯元が50余軒、小売店も10数軒がありとても繁栄しましたが、現在は1軒のみになっています。その人形はお使姫の狐や饅頭喰い、チョロケン、玉、でんぼ、布袋、米倉、金太郎などがあります。


     伏見人形 布袋

弥勒何故落土偶中 鈴也牛也狐也女郎 也其楽無窮況入 畫没破砕患宜哉忘 却兜卒天宮  亀峰桂洲戯   題(印)

弥勒(みろく)何の故ぞ土偶(どぐう)の中に落ちる、鈴也、牛也、狐也、女郎也、其の楽しみ窮(きわ)まり無し、況(いわ)んや画(え)に入れば破砕(はさい)の患(わずら)い没(な)きや、宜(むべ)なる哉、兜卒天宮(とそつてんきゅう)を忘却(ぼうきゃく)する

 江戸中期の天龍寺の桂洲道倫の「伏見人形画賛」です。弥勒菩薩は釈迦が入滅後56億7000万年ののちに、兜率天から地上にくだり衆生を救済するという未来仏です。この弥勒菩薩が兜率天から土人形の中に降りて、鈴になったり牛になったり、狐・女郎などになり、その楽しみは極まりがない。ましてやこのように絵の中に入ればなおさら土人形と違い割れる心配がない。もっともなことである。弥勒菩薩の浄土である兜卒天宮のことを忘却してしまういうのが桂洲の賛です。  伏見人形と千家には深い関わりがあります。利休さんの孫である宗旦さんはお稲荷さんを信心していたそうで、ある年の初午に宗旦さんが参詣した帰り、社頭で子どものままごと遊びのおもちゃである「つぼつぼ」という伏見人形を土産にもとめて帰りました。のち、この「つぼつぼ」三つを組み合わせて千家の替紋にしたとの伝承があります。これが三千家それぞれで用いられている「つぼつぼ紋」のはじまりとされています。ちなみに「つぼつぼ」は子どものままごとのおもちゃで、水壺の幼児語です。他にも「かまかま」もあり、これは釜のことです。残念ながらいずれも今日は作られていません。


     つぼつぼ

     つぼつぼ紋

 また、別の逸話に、相國寺の境内に一匹の白狐が、しばしば宗旦さんに化けて雲水にまじり座禅を組み、また時には寺の和尚と碁を打ったり、茶会に赴いて茶を飲むなどのことがありました。ある時、この白狐が塔頭の慈照院の茶室びらきでみごとな点前を披露しまた。遅れてきた宗旦さんはその点前に感じ入ったということです。なお、慈照院にはその伝承の茶室「頤神室(いしんしつ)」が伝えられ、白狐が宗旦さんに驚き窓を突き破って逃げたのを修理したので窓が普通の茶室より大きくなっているとされています。


茶室「頤神室」 淡交社刊『茶室茶庭大辞 典』より


この白狐は豆腐屋の店先から油揚げを盗み、追いかけられて井戸に落ちて死んだとか、猟師に撃たれて命を落としたとか伝えられています。のちにこの狐を憐れみ祠を造り宗旦稲荷社として今日も祀られています。

     相国寺 宗旦稲荷社

 ちなみに武者小路千家の邸内には「福守稲荷祠」が祀られています。4代一翁宗守は宗旦の次男に生まれ、のちに塗師屋の吉岡家の養子になり吉岡甚右衛門と名乗りました。吉岡家は福島正則公の娘が嫁いだ家とされ、一翁の妻真浄妙守は正則の孫と伝えられています。正則は幕府の許可を得ず本丸や石垣を無断で修繕したことが武家諸法度に違反しているなどを理由で減転封を命じられ、のちに同家は改易とななりました。そうしたことから正則公をあからさまに祀ることができなかったことから、流儀・家元の守神のお稲荷さんとして今日にいたるまで祭祀されています。そして毎年、2月の「初午祭」と11月の「お火焚祭」が晴明神社宮司が斎主となり、家元以下の家族、水屋職分、事務員、社中が参列して祭が行われています。


    武者小路千家邸内社 福守稲荷祠

 なお、私事ですが、かつて襲名記念に『千一翁宗守 宗旦の子に生まれて』を上梓し、大日本茶道学会三徳庵様から「茶道学術奨励賞」を頂いたのもすべて「福守稲荷祠」が一番最初のきっかけとなりました。


 このように千家とお稲荷さんは格別縁の深い神さんです。今日は妻とともに伏見稲荷大社の初午祭にお参りしました。お稲荷さんが降臨された一之峰はじめ稲荷山の神跡と社・祠を順次参拝しました。ここ数日この冬一番の寒冷な日が続いています。特に今日の初午は格別な冷え込みで大文字山や比叡山や北山の山々も雪化粧で、私の家の屋根もうっすらと雪が積もっていました。昼間も市内は雪がちらほらしているという具合でした。近年、欧米をはじめ中国やアジア諸国の観光客が伏見稲荷大社に押し寄せて毎日が初詣や初午のような賑わいを見せています。ところが、最近は新型コロナウイルスの影響で外国人感光客が激減し、まことに皮肉なことに、本来の日本人がたくさん参拝におとずれる伏見稲荷大社になっていました。









     初午祭で賑わう伏見稲荷大社


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