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執筆者の写真木津宗詮

敵は本能寺にあり!



天正10年6月1日の夕、明智光秀は1万3000人の手勢を率いて老ノ坂で言ったとされる有名な台詞です。この台詞は、江戸時代中期以後に書かれた軍記物『明智軍記』の中にある記述で、後世の創作とのことです。 光秀は本能寺を攻めて織田信長は自刃して果て、天王山の戦いで羽柴秀吉(豊臣秀吉)に破れました。そして光秀は坂本城を目指して落ち延びる途中、落ち武者狩りの百姓に竹槍で刺され深手を負って自害してはてました。世に言う光秀の「3日天下」です。 ここ老ノ坂は山陰道(京街道)の交通、軍事上の要衝で山城国から丹波国へ越える国境の峠です。

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