• 木津宗詮

茶筅

「打奶茶」はミルクティーを混ぜる。「不打」「不奶茶」は混ぜないとミルクティーでないと言う意味です。


杭州の「農夫山泉」という飲料メーカーのミルクティーと抹茶入りのミルクティーのポスターです。かつて中国臨安にいった時に買い求めました。茶筅のデザインの容器が用いられえいます。茶筅をくせ直し立てた形です。確かに茶筅は撹拌・混ぜるための道具です。着眼点が面白いです。ただし、中国では明代に抹茶法・点茶法はなくなり、現在、中国に日本から逆輸入の形で入っています。

 茶筅の初見は、同じく宋代の皇帝徽宗(きそう)の著『大観茶論』に「筅」と書かれています。「茶筅以筋竹老者為之、身欲厚重、筅欲疎勁」とあって、茶筅は枯れた竹でつくり、軸は厚く重いのがよく、先は粗く強いものがよいといっています。また、同じく宋の審安老人の『茶具図賛』には「竺副帥(じくふくそつ)」と擬人化した名称で、図とともに挙げられています。

 日本では鷹山(現奈良県生駒市高山)の鷹山頼栄の次男・宗砌が村田 珠光の依頼によって作ったのが、高山の茶筌の始まりと伝えられています。わび茶の開山珠光が後土御門天皇に献上し、先づその茶筌を供したところ「高穂」と云う銘を賜りました。この栄誉を永く後世に伝えんため「鷹山」の地名を「高穂」にちなんで「高山」と改めました。その後、宗砌の家臣が習い覚えて一子相伝の技として伝えられたとされています。ただしこれは伝承の域を出ませんが。

 現在、高山の茶筅以外に、日本の業者が中国で作らせた中国産の茶筅を輸入して広く使われています。人件費が安いということで、初めは韓国、韓国の人件費が高くなったので20年以上前から中国で作っています。だから安い茶筅は中国製が大半です。当初はあまり出来が良くなかったのですが、今では日本製と区別がつかないほど上手に作られています。なお、私は中国製の茶筅は絶対に使いません。なぜなら輸入の際、検疫で竹製品は防虫剤で燻蒸してから国内に入ると聞きました。人体には全く無害とのことですが、やはり口にするものを扱う道具です。なにかほんの少しずつ毒をもられているようで気持ちが悪いので私は使ってせん。

 まだまだ中国の大半の人は抹茶について知らないようです、そういう意味ではこのポスターをみてどれくらいの人が理解できるのか疑問ですね。



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