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成道

前大徳悦叟妙怡拝讃(印)

安政己未季夏初四日

龍門曝腮

若要知佛

見於奇哉

脳後圓相

脳後(のうご)に円相(えんそう)あり

見よ於(ああ)奇(き)なるかな

もし仏を知らんと要せば

龍門に腮(えら・あぎと)を曝(さら)す

幕末の大徳寺の僧で、大徳寺第四五七世の悦叟妙怡(えっそうみょうい)出山像画賛です。

まるで幽霊のようですが、仏教の祖である釈迦が29歳で出家し、山に篭もって6年間の苦行の後、難行・苦行では悟りが得られず、山から出てきときの姿を描いています。やせこけて髪や足の爪は伸び放題で、肋骨が浮き出ています。釈迦はその後すぐにガンジス川流域のブッダガーヤの菩提樹の下で瞑想し、明けの明星を一見した瞬間、悟りを開き仏陀(悟りを得た者)となりました。これを「成道(じょうどう)」といいます。今日12月8日ががまさにその成道の日です。この図は、悟りが得られずに山から下りてきたところというよりも、悟りを得る直前の姿が描かれています。また、山から出て来るとは、清浄な悟りの世界に安住することなく、迷いの世界に出て、世の人々を救済するという決意を表現したものです。衣の裾が前に翻っているのは、早く迷いの世界に出て行って伝道しなさいと風までが後ろから追い立てている様子を描き、また確かに仏になるということが背後の円相が示しています。

なお、「龍門曝腮」の龍門とは、古代中国の伝説の皇帝禹(う)が黄河の治水事業で山西省の龍門山を切り開いてできた急流のことです。そこを鯉が上りきると龍に化身するという伝説があり、それが「登竜門」の語源になっています。この句は釈迦を龍になぞらえています。

臨済宗の各専門道場では、山門に一日から八日鶏鳴まで面会謝絶と張り紙がされます。釈迦が明けの明星を見て大悟したことにあやかり、1日から8日の早朝(鶏鳴)に至るまでを一日とし、不眠不休で坐禅三昧の修行をします。これをこれを「臘八大接心(ろうはつだいせっしん)」といいます。「臘八』とは臘月(ろうづき)の8日即ち12月8日を示しています。8日目の朝2時に終了し、朝4時に朝課(朝のお経)が始まり、引き続き成道会(じょうどうえ)という釈迦の悟った日を記念した行事が行われます。この臘八大摂心は「雲水殺しの大摂心」とも呼ばれています。


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