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牛郎織女(ぎゅうろうしょくじょ)

牛郎織女は中国の神話伝説です。梁の殷芸『小説』には、河東に住む天帝の娘である織女(織姫)が河西の牽牛郎(牛飼い、彦星)に嫁ぐことを許しましたが、嫁いだ後に機織りをやめたことで天帝の怒りを買い、河東に戻ることを強要され、1年に1度だけ会うことを許したとあります。

京劇の『天河配』では、天の川の東岸に暮らした織女は、人と神の恋を禁じた天の女帝である王母娘娘(おうぼにゃんにゃん)の孫女です。織女は朝から晩までよこ糸を巻いた管を入れて、たて糸の中をくぐらせる、小さい舟形の「天梭(ひ)」を使い、「天衣」と呼ばれた雲錦を織っていました。ある日、姉妹たちと共に人間界の碧蓮池に降りて水浴をしました。人間界の青年牽牛郎が天女をみてに一目惚れをします。そして飼い牛の助言によって、水浴びをしている天女の羽衣を盗んで隠します。羽衣を失った織女は天界へ帰れなくなり、地上に残って牽牛郎の求婚を受け入れ、一人の男の子と一人の女の子を生み、男が耕し、女が機織りをする幸福な生活を送りました。いつまでも幸福な生活は長く続かず、天上から消え失せた織女を探していた王母娘娘は、織女と人間の男の結婚を知って怒り、天界の軍隊である天兵を遣わし織女を捕らえて天に連れ帰りました。人間である牽牛郎は天に昇ることもできず困惑していると、飼い牛が「私が死んだ後、私の皮で靴を作って、その靴を履けば天界に上ることができる」と言われます。その後、飼い牛が死に、牽牛郎は牛の皮で作った靴を履き、子供たちを連れて天界に上り織女を探します。これに怒った王母娘娘は、牽牛郎を孫婿であることを認めず、織女を再び人間界に戻すことに反対し、織女を天牢に閉じ込めようとしました。牽牛郎は織女を追いかけ到着しようとした際、残忍な王母娘娘は突然頭から金の簪(かんざし)を抜いて一振りすると、天の川が大波を引き起こし、牽牛郎と織女は両岸に分け隔てられてしまいました。のちに王母娘娘は毎年7月7日だけカササギが橋を架けて、牽牛郎に橋を渡って織女に会うことが許しました。

先日の熊本での七夕茶会と京都外国語大学のオープンキャンパスの床に掛けた江戸時代前期の江戸幕府御用絵師狩野常信の牽牛・織女図です。去る4日が旧暦7月7日でした。今年も織女がカササギの橋を渡り一年に一度の短い逢瀬を楽しみました。





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