これは懐かしい!何十年ぶりだろう。子供の頃におやつでたべた「バナナカステラ」。
新世界の釣鐘屋本舗に売ってたので、懐かしさのあまり思わず買って帰いました。。
釣鐘屋本舗では「芭蕉」という名前で、記憶にあるのとは違い、とても大きく、ずっしりと重いです。表には「BANANA」、裏には「釣鐘屋本舗」の文字が入ってます。口当たりのいいさらっとした白餡はバナナの香?が、子供の頃に食べた時の記憶と同じです。妻も懐かしかったようで、お茶のおともに美味しく食べました。
「バナナカステラ」について調べてみると、バナナは明治後期に日本に伝わり、昭和初期ぐらいまではバナナは高級果物でした。私の記憶では昭和初期どころでなく、子供の時分は今のように手軽に毎日でも食べることができるものではなかったと思います。今のバナナよりもっと高級な果物でした。庶民の憧れの高級果物であるバナナを手軽に食べれるようにとの思いから、大正6年に岡山県の福岡製菓所という店がバナナの形をしたカステラを作ったのが発祥とのことです。他にも昭和初期に大阪の業者が作ったという説もあるとのこと。「バナナカステラ」の業者は関西に集中していて、他の地域ではメジャーなお菓子ではないそうです。なお、釣鐘屋本舗のバナナカステラは1個324円で、結構な値段で庶民が手軽に買う価格でも無いように思います。
バナナというと思い出すのが「台湾バナナ」です。台湾バナナはフィリピンのものよりも甘くて美味しかった記憶があります。父が「時事放談」というテレビ番組で政治評論家の細川隆元と同じく藤原弘達が対談していました。そして細川隆元が「あんな美味しい台湾バナナの国と国交を断絶するのはけしからん!」と大声で怒鳴っていたのがとても印象に残っています。ちょうど日中国交正常化の頃のことでした。細川隆元は明治33年生まれ、今生きていたら120歳です。間違いなくバナナが高級果物だった時代に青少年時代を過ごした人です。それでなくてもオレンジやパイナップル・マンゴー・パパイヤなんて果物もありません。果物に限らす野菜も、そして肉も砂糖も今のように豊富な時代ではありません。そんな時代の「台湾バナナ」は私たちには想像を絶する美味しい果物だったのでしょう。
それにしても100年た経たないうちにいかにこの国が豊かになったことか。でも今回の新型コロナやウクライナへのロシアの侵攻でこんな時代がいつまで続くのか考えると怖くなる今日この頃です。
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