• 木津宗詮

付喪神・九十九神(つくもがみ)

 「付喪神・九十九神」とは古い道具に宿るといわれる精霊のことです。「九十九」の文字には「長い時間(九十九年)や経験」「多種多様な万物(九十九種類)」などを象徴する意味合いが込められています。古くは 器物が百年経ると化けると信じられていました。そこで九十九年で器物を捨てることが多く、多くの古い器物が「あと一年で命を得られたものを」と恨みを抱いて妖怪に変化するということにも由来している名称だそうです。 因みに、万物に霊が宿るとするこうした信仰・思想を「アニミズム」と呼び、世界各地に存在しています。 長い年月を経た道具などに神や魂などが宿ると中世の人々に信じられていました。 

 先日の黒谷西翁院淀看席で催した父徳至斎の喜寿祝賀茶事で用いた軸と茶杓にとても不思議な物語があります。それは今から20年数年前に名古屋の家から出た一啜斎の書状が私の手元にやってきました。


  雪気之空合弥爐辺楽しき   折柄ニ御座候、然者先方様御登被   一覧仕候、處閑翁壷天作御座候、   頼政卿乃     斧の柄をくたす仙人     帰り来て見るとも君か     御代はかわらしと申          こゝろをもて      斧の柄と号銘仕       御茶杓返進仕候           かしく             休(花押)      仲冬初子の          後日      笹岡条右衛門様          茶爐側




  雪気(せっき)の空合(そらあい)、いよいよ炉辺楽しき

  折柄に御座候、しからば先方様御登り

  一覧仕られ候処、閑翁壷天(かんおうこてん)作に御座候、

  頼政卿の     斧の柄をくだす仙人(そまびと)帰り来て     見るとも君が御代は変らじ    斧の柄と号銘仕り、御茶杓返進仕り候                  かしく                    休(花押)    仲冬初子の

       後日    笹岡条右衛門様        茶炉側


 仲冬、すなわち旧暦11月最初の子の日の翌日に、一啜斎が笹岡条右衛門なる人物にに宛てた書状です。宗旦の長男で武者小路千家4代一翁の兄である閑翁宗拙(壷天)の茶杓の鑑定をし、その茶杓に源頼政の和歌にちなみ、「斧の柄」という銘を着けた旨が記されています。「斧の柄」はどれほどの年月を経ても君の素晴らしい御代は変わらない、不変であるという意味の銘です。  頼政の歌は、以下の説話に基づいています。晋の時代に信安郡の石室山に王質という木樵(きこり)がやってくると、そこで数人の童子が歌いながら碁を打っていました。王質は童子にもらった棗の種のようなものを口に入れてそれを見物していましたが、童子に言われて気がつくと斧の柄(柯)がぼろぼろに爛れていました。山から里に帰ると、知っている人は誰一人いなくなっていました。なお、この話しから、囲碁の別名を爛柯(らんか)というそうです。「爛」は腐るとか朽ちるという意味があります。「邯鄲の夢」や「南柯の夢」、「浦島太郎」などと同様の物語です。  それから数年後、大阪で一啜斎が「斧の柄」と追銘を着けた宗拙の茶杓を入手しました。まさにこの書状に書かれている茶杓です。当初、一啜斎が茶杓を極めた時にこの書状が添えられていたのですが、いつのころか離ればなれになり、のちに縁があって私のところで再会したのです。早速、掛軸と茶杓を一つの箱に納めて家元に箱書をしてもらいました。そして二つの道具はようやく本来の姿に戻ったのです。さぞ茶杓も掛軸も喜んでくれていることと思います。それにしてもなんとも不思議な縁ではありませんか。


 この時、私は道具にも人と同様に意思があるのではないかと感じました。二つの道具が互いにもとの状態に戻りたいとのそれぞれの思いが、わたしを通じてかなえられたのではないか思いました。この掛軸と茶杓の魂が私を操って再会をはたしたのです!

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