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藍采和( らいさんわ )

藍采和は八仙の一人で、わが国ではほとんど知られていない中国の仙人です。唐代の人で字を養素(ようそ)といいました。その服装はかなり異様で、藍色の着物はいつも破れており、3寸幅ほどの黒い木を腰帯代わりに巻いていて、片足は靴を履いているのに、もう片方は裸足。夏でも綿入れを着るのかと思うと、冬は一重の着物だけでも身体から湯気が出るほどで、手には3尺ほどの長さの拍板(はくばん)を持ち、いつも歌を歌いながら町を歩き回っていましたが、その歌には仙道の教えが散りばめられていたといいます。藍采和は、いくつになっても年を取らない万年童子でしたが、ある日、酒屋にいるとき、笙の音と共に舞い降りた白い鶴に乗って昇天したと伝えられています。

八代白井半七が霊華先生の藍采和の図に倣い、聿斎が着賛した軸です。


商売繁盛いのる人こそ

床にもまつれ藍菜和の像

露眞(花押)

  霊華先生筆倣

霊華先生とは吉川霊華のことでです。霊華は幕末の復古大和絵の画家冷泉為恭に深く私淑し、住吉派の山名貫義に絵を、松原佐久に有職故を学びました。八代半七は茶陶を造り、織部写など種々の写し物も造り、書画の技も巧みで、茶の湯にも造詣が深く、歴代中でも名工の誉れが高い人です。


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